シルバーバーチの霊訓 3巻

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※当時の僕が記述したコメントがそのまま掲載されています。とても削除し切れませんのでその部分は読み流して下さい(祈)†

シルバーバーチの霊訓 3巻

まえがき
1章 戦時下の交霊会から
2章 悲しい時、苦しい時こそ
3章 魂の自由と解放
4章 誰にでもわかる真理を
5章 もしもシルバーバーチがテレビに出たら
6章 イエス・キリストとキリスト教
7章 宇宙創造の目的
8章 シルバーバーチからの質問
9章 人間的思念と霊的思念
10章 前世・現世・来世
11章 霊と意識の起原
12章 神とは
13章 質問に答える
14章 シルバーバーチの祈り/(付)祈りに関する一問一答
解説 霊界の区分けと名称について――訳者

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1章 戦時下の交霊会から

『シルバーバーチの霊訓③』
【他の数多くの霊団と同じようにシルバーバーチ霊団も第二次大戦中は平和時に比べて地上との交信に様々な困難を味わっている。メンバーの一人がスペインやエチオピア、中国などでの紛争の時には特に目立った問題は起きなかったように記憶するが、―】

『シルバーバーチの霊訓③』
【なぜ今回の対戦中はそんなに交信が妨げられるのかと質したのに対しシルバーバーチはこう語った(本書の出版は一九四四年であるから収められた霊言の大半が世界的規模の戦乱の真っ最中であった―訳者)―】

『シルバーバーチの霊訓③』
次から次へと人が死に、しかも地上の愛する者との連絡が取れない状態では全体の雰囲気が不満に満ちた感情で埋め尽され、それが霊界との交信の障害となります。私たちは今こうして地上に来ております。

『シルバーバーチの霊訓③』
その地上の人間が次々と死んでは地上との縁を求めようとする事が障害となるのです。つまり問題は私たちがこうして地上にいる間の事です。他界した数知れぬ人間が地上との縁を求めます。が、それを受入れる用意が地上にはありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
その事が戦争そのものが生み出す残虐な感情とは別に、大気に不協和音を作り出します。交信がうまく行くのは雰囲気が平静さと調和、受容的な心に満ちている時です。残念ながらそういう人は稀です。

『シルバーバーチの霊訓③』
そこで私たちはこうしたサークル―霊的実在に目覚め障害となる思念や欲望や感情によって雰囲気を乱す事のない人々の集まりから発生する霊的なエネルギーを頼りとする事になります。私がいつも皆さんに自信を持ちなさい、心配はいけません、不安を抱いてはいけませんと言い―

『シルバーバーチの霊訓③』
―毅然とした平静さと不屈の精神で困難に対処するように説き、そうした雰囲気の中にあってはじめてお互いが援助し合う条件が整う事を知って欲しいとお願いするのはそのためです。私たちは物的な存在ではありません。物的世界との接触を求めているところの霊的な存在です。

数日前に、使命遂行中にも拘らず帰幽を思わせるインスピレーションを受取った事を書きましたが、それは僕がどうしても受入れられなかったある「条件」を呑ませるために霊団側が送った逆説的メッセージだった事が分りました。そして結果、霊団側の思惑通りその条件を呑む事になってしまったのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
霊の世界と物の世界にはギャップがあり、それを何らかの媒介によって橋渡しする必要があります。私たちが厄介な問題に遭遇するのはいつもその橋渡しの作業においてです。それを容易にするのも難しくするのも人間側の精神的状態です。

『シルバーバーチの霊訓③』
雰囲気が悪いと、私と霊媒とのつながりが弱くなり私と霊界との連絡も次第に困難となります。わずか二、三本の連絡線によってどうにか交信を保つという事もあります。そのうち霊媒が反応を見せなくなります。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうなると私は手の施しようがなくなり、全てを断念して引き上げざるを得なくなります。私があなた方の忍耐を有難く思い、変らぬ忠誠心を維持して下さっている事に感謝するのはそういう理由からです。

『シルバーバーチの霊訓③』
私は当初から、つまり大戦勃発後間もなく交霊会を再開した時から既に、こうした問題の生じる事は覚悟しておりました。一時は果たしてこのまま地上の接触を維持する事が賢明か否かを(霊団内で)議論した事もありました。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかし私は、たとえわずかとはいえ私が携えてきた知識を伝える事により、力と希望と勇気を必要としている人々にとって私の素朴な霊訓が生きる拠りどころとなるはずだと決断しました。

『シルバーバーチの霊訓③』
今私は、もし私たちの霊訓がなかったら今なお困難と絶望の中で喘いでいるかも知れない人々に慰めと力になってあげる事が出来た事を知って嬉しく思っております。しかしそれは決してそうやすやすと出来た事ではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちはこれまでの成果を私たちの功績として誇る気持は毛頭ありませんが、これまで私たちを悩ませてきた数多くの困難がいかなるものであったかを皆さんにぜひ認識して頂きたいと思って申上げるのです。

肉体が太陽光線や食物によって形成されるように、地上生活における行為、言葉、思念が一定の波長の幽体を形成し、死後その波長に合った境涯へと自然に引かれて行きます。その境涯にいるのはあなたと同じレベルの霊性の者ばかりです。自分の未来を良くするも悪くするも自分次第、全て自己責任です(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
インスピレーションの全部が伝わる事などおよそ期待できないように思えた事も幾度かありました。そういう時に際して大切な事は、いつの日か、より鮮明な視野が開けるとともにより大きな理解力が芽生える事を信じて忍耐強く待つ事です。我慢する事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちがお教えした事をひたすらに実践なさる事です。私たちにとって、とても辛い時期でした。しかし私は力の限りを尽してきました。活用できる限りの手段を駆使して少しでも役立つように、少しでも力になってあげられるようにと努力してまいりました。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんは地上にいる限りこうした皆さんとの協力関係がどこまで成功したかはお判りにならない事でしょう。魂の底からの感動を覚えた人の数、皆さんの協力によって成遂げた成果がどの程度のものであるかは、お判りにならないでしょう。―

『シルバーバーチの霊訓③』
―が、せめて私の次の言葉だけは信じて下さい。世界の多くの土地において無知の闇が取除かれ、大勢の人々の心に新しい確信が宿されたという事です。【次に戦争の犠牲者となった人々の霊界での受入れ態勢について聞かれて―】霊界は実にうまく組織された世界です。

『シルバーバーチの霊訓③』
各自が持って生まれた才能―地上ではそれが未開発のままで終る事が多いのですが―それが自然な発達の過程を経て成熟し、それぞれにもっとも相応しい仕事に自然に携わる事になります。

『シルバーバーチの霊訓③』
(受入れ態勢の事ですが)まず戦争の恐怖が地上を揺さぶっていない平和時においては不可抗力の死の関門を通ってひっきりなしに霊界入りする者を迎える仕事に携わる男女の霊が大勢おります。迎え方はその人間の種類によって様々です。

『シルバーバーチの霊訓③』
死後の事について知っている人の場合、知らない人の場合、知っているといっても程度の差があり間違っている場合もあります。そうした事情に応じて扱い方を心得た者が応対します。そして初め新しい環境に戸惑っていたのが次第に馴染んでくるまでその仕事に携わります。

「ペットは死後も生きている」ぜひこの書籍を手にとって“肉食”という食習慣について考えて頂きたいのです。そもそも僕達人間の身体は肉食動物として出来ておらず、植物食のみで全然普通に暮らしていけるよう出来てるのです。食肉用に“屠殺”された動物たちの霊界での様子を知って頂きたいです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
実は神の叡智の一つとして各自は地上にいる時から死後の環境に少しずつ慣れるように配慮されております。毎夜眠りに落ちて肉体が休息し周りの生活環境が静寂を取戻すと、その肉体から霊体が抜け出て本来味わうべき喜びの体験をします。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかしその体験は(肉体に戻った時は)大半の人間が忘れております。一段と高い素晴しい世界で愛する人、愛してくれている人と共に過ごした事が全く脳の意識に感応しません。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかし死という大きな変化を経て新しい世界へ来ると親和力の働きによって、そういう形で地上時代から馴染んでいた環境へ赴き、霊的本性に印象づけられていた体験を思い出し始めます。最初はゆっくりと蘇ってきます。そうなるまでの期間は永い人もいれば短い人もいます。

『シルバーバーチの霊訓③』
一人一人違います。それは霊的意識の発達程度によって異なります。言い替えれば霊的実在についての認識の程度によって異なります。

『シルバーバーチの霊訓③』
正しい認識をもち既に地上時代から死後の世界を当然の事と考えていた人は死後、あたかも手袋に手を入れるようにすんなりと新しい環境に馴染んでいきます。

『シルバーバーチの霊訓③』
死後に何が待ち構えているかを知らずに来た者、あるいは固定観念に固執していた者―大勢の案内者を差し向けなければならないのはこの類の人たちです。各自の必要性に応じて適当な指導霊が付けられます。

『シルバーバーチの霊訓③』
全く知らない人である事もありますが、実は永い間地上生活の面倒を見てきた背後霊の一人である事がよくあります。また血縁関係の絆で引寄せられる霊もいます。霊的な親和性に刺戟されてやって来る場合もあります。さて、以上は全て平和時の話です。

☆05

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『シルバーバーチの霊訓③』
これが戦時下になると色々と問題が厄介となります。何しろ何の準備もできていない何の用意もしていない人間が大挙して霊界へ送り込まれて来るのですから。みんな自分が死んだ事すら知りません。気の毒ですが、その大半はしばらく好きにさせておきます。

『シルバーバーチの霊訓③』
意識が霊界よりもはるかに地上に近いからです。手出しができないと観念して側でじっと見つめているのは私たちにとっても悲しいものです。実に心苦しいものです。しかし事情が事情だけに彼らの方に受入れ態勢が整うまではいかなる援助も無駄に終ってしまうのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
言わば完全に目隠しをされているのと同じで我々の存在が見えないのです。死んだ事にも気づかずに死んだ時と同じ行為を続けております。地上戦で死んだ者は地上戦を、海上戦で死んだ者は海上戦を、空中戦で死んだ者は空中戦を戦い続けます。

『シルバーバーチの霊訓③』
そしてそのうち―期間は各自まちまちですが―様子が少し変だという事に気づき始めます。全体としては以前と変らないのに気をつけて見ているとどうも辻褄が合わない。奇妙な、あるいは無気味な事が繰返されている事に気づきます。殺したはずの相手が死んでない。

『シルバーバーチの霊訓③』
銃を撃ったはずなのに弾丸が飛んで行かない。敵の身体に体当りしても相手は少しも動かない。触っても気がづかない。大声で話しかけても知らん顔をしている。そしてその光景全体に霧のような、靄のような、水蒸気のようなものが立ち込めていて、薄ぼんやりとしている。

『シルバーバーチの霊訓③』
自分の方がおかしいのか相手の方がおかしいのか、それも分らない。時には自分が幻影に迷わされているのだと思い、時には相手の方が幻影の犠牲者だと考えたりします。

『シルバーバーチの霊訓③』
が、そのうち―霊的意識の発達程度によってそれが何分、何時間、何日、何ヶ月、何年、何世紀であったりしますが―いつかは自覚が芽生えます。その時やっと援助の手が差伸べられるのです。一人一人その接触の仕方、看護の仕方が異なります。

☆06

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『シルバーバーチの霊訓③』
自分が死んだ事がどうしても信じられない者にもいろんな方法が講じられます。地上と接触する界層へ連れて行き、そこで地縛霊を扱っている霊団に預ける事もあります。本人の知っている人間で既に他界している事もよく知っている人のところへ連れて行く事もあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
疑う余地が無い訳です。このように同じ目的を達成するにも様々な方法を講じるのです。さらには一時的にエーテル体つまり霊的身体を傷められたために看護してやらねばならない人がいます。いわゆる爆弾ショックのようなものを受けた者です。

『シルバーバーチの霊訓③』
意識がもうろうとしており手当が必要です。こちらにはそういう患者のための施設が用意してあり、そこで適切な手当をして意識を取戻させ受けた打撃を取除いてやります。あくまで一時的な傷害です。その事をぜひ強調しておきたいと思います。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上での死因がいかなるものであれ、それが霊体に永久的な傷害を与える事があるように誤解されては困るからです。そういう事は絶対にありません。そうした傷害はショックの後遺症にすぎません。正しく矯正すれば跡形もなく消えてしまいます。完全に回復します。

『シルバーバーチの霊訓③』
もう一つ強調しておきたい事は、自ら望まない限り何の看護もされないまま放って置かれる人は一人もいないという事です。迎えに来てくれる人が一人もいないのではないかなどという心配はご無用です。

『シルバーバーチの霊訓③』
縁故のある人がいますし、それとは別に愛の衝動から援助の手を差伸べようと待機している人も大勢います。誰一人見捨てられる事はありません。誰一人見失われる事はありません。誰一人忘れ去られる事もありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
素晴しい法則が全ての人間を管理し、どこにいてもその存在は認知されており、然るべき処置が施されます。地理上の問題は何の障害にもなりません。こちらには距離の問題がないのです。霊界全体が一つの意識となって全てを知り尽しております。

☆01

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『シルバーバーチの霊訓③』
地上と霊界との間の親和力の作用によって今どこそこで誰が死の玄関を通り抜けたかが察知され、直ちに迎えの者が差し向けられます。【爆撃で死亡した子供はどうなるのでしょうか―】子供の場合は大人に比べて回復と本復までの期間がずっと長くかかります。

『シルバーバーチの霊訓③』
が一旦環境に適応すると今度は大人より進歩がずっと速いのです。回復期は魂にとって夜明け前の薄明かりのような状態ですが決して苦痛は伴いません。そういう印象をもって頂いては困ります。

『シルバーバーチの霊訓③』
一種の調整期間なのですから…つまり魂が新しい身体で自我を表現していくための調整です。それには地上時代の体験が大きく影響するのですが、子供の体験は限られています。そこで本復までの期間が長引く訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
そして念のために申し添えておきますが、たとえば母親が地上に生き残り子供だけが他界した場合でも、地上時代に子供がいなくて母性本能が満たされずに終った女性がその看護に当ります。こちらへ来てその母性本能を十分に発揮するチャンスが与えられる訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【地上では子供の方が新しい環境への適応が速いですが…】それは純粋に物的要素に関しての話です。今お話しているのは霊に関わる事です。霊が霊的世界へ適応していく場合の事です。霊的世界は多くの点で物的世界とは大きく異なっており、同時によく似た面もあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
問題は“自覚”です。それが全てである事を理解しなくてはいけません。自覚が全てのカギです。私がいつも知識こそ霊にとって掛けがえのない宝であると申上げている事はよくご存知と思いますが、その知識が自覚を生むのです。こちらは精神の世界です。

『シルバーバーチの霊訓③』
小さな精神(幼児)もそれなりの適応をしなくてはなりません。もう一つの要素として償いの問題がありますが、子供の場合は償いというほどのものはありません。子供は地上的体験に欠けていますが、同時に地上的な穢れもないからです。

☆02

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『シルバーバーチの霊訓③』
【美徳による向上も得られませんね―】そこに子供としての埋合せの原理が働いている訳です。つまり良いにつけ悪いにつけ地上的体験がない。しかし、もし長生きしていたら犯していたであろう罪に対する償いをさせられる事もないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【その埋合せもすぐに行われるのでしょうか―】それは一概には言えません。子供一人一人で事情が異なります。私は今、償いの法則がある事を指摘しているだけです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【もし子供に地上的な悪の要素が潜在している場合、それはそちらへ行ってから芽を出すのでしょうか―】そのご質問の仕方は感心しません。子供に地上的な悪の要素が潜在するというのは事実に反します。何か例をあげてみてください。

『シルバーバーチの霊訓③』
【たとえば大人になったら欲深い人間になったであろうと思われる人間が早世した場合、そちらへ行っても同じように欲深な人間になっていくのでしょうか―】問題を正しい視野で捉えないといけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
こちらの世界で自覚が芽生えると、その時からその人は向上の道を歩む事になります。自覚が芽生えるまでは地上で満たされなかった欲望の幻影の中で暮しています。

『シルバーバーチの霊訓③』
一たん自覚すると、その“自覚した”という事実そのものが、それまでの自我の未熟な側面を満足させたという欲求に決別した事を意味します。

『シルバーバーチの霊訓③』
“正しい視野で捉えなさい”と言ったのはそういう意味です。欲が深いという事は、まだ自覚が芽生えていないという事を意味し、自覚するまでは、その欲望が満たされると満足する訳です。

☆03

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『シルバーバーチの霊訓③』
【でも幼い子供はまだまだ未熟です―】私が言わんとしているのは幼い子供は魂を鍛えるための地上的体験が不足しているために未熟な状態でこちらへ来ますが、同時に大人になって出たであろう穢れで魂が汚されていない。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうした事情の中で子供なりの埋合せの原理が働くという事です。子供は性格に染込んだ穢れを落とす手間が省けるという事を言っているのです。【善を知るために地上で悪の体験をしに来るのではないでしょうか―】違います。善を知る目的で悪い事をしに来るのではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
【でも私たちは聖人君子の状態で生まれる訳ではないでしょう―】それはそうです。しかし恨みを晴らすために、あるいは思い切り貪欲をむさぼる事を目的に生まれてくるのと、善悪を知らない言わば“原料”の状態で生まれてきて一個の製品となっていくのとは意味が違います。

『シルバーバーチの霊訓③』
【その違いを“悪行を犯す、犯さない”で説明できないでしょうか―】出来ない事はありません。ただ私はあなたの表現の仕方に賛成できないのです。私は人間の魂の発達の目標をあなたのおっしゃる“聖人君子”となる事だとは思いませんし、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―また罪悪の恐ろしさを知るために地上へやってきて人類みんなで悪い事をし合う事だとは考えません。その考えは絶対に間違っています。確かに中にはある種の悪だくみを抱いて地上へやってくる者もいないではありません。しかしその数は極めて限られています。

『シルバーバーチの霊訓③』
真の悪人と言える人間は幸いにして極めて少数です。罪悪の大半は―それを罪悪と呼ぶならばの話ですが―無知、間違った育ち方、過った教育、迷信等から生まれているものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【地上で欲の深かった子供は霊界でもしばらく欲深で、その意味で地上的体験をした事にならないでしょうか―】あなたがおっしゃるのは、もし子供が生まれつき欲が深い場合は死後もその貪欲性が意識に刻み込まれたままか、という事でしょうか。それは有得る事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
ですが寿命が短ければその貪欲性の発現するチャンスも少ない訳ですから、それだけ矯正が容易という事になります。地上でほとんど発現しなかった貪欲性と、五十年も七十年も生きて完全にその人の本性の一部となってしまった貪欲性とでは大変な差があります。

☆04

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『シルバーバーチの霊訓③』
【ここで少し話題が変って空襲で一緒に死亡した家族は霊界でも一緒かという質問が出た。すると―】それは一概には言えません。これは答え方に慎重を要する問題です。落胆される方がいては困るからです。一つは再び一緒になる事を望むか望まないかに掛っています。

『シルバーバーチの霊訓③』
死後の世界での結びつきは結ばれたいという願望が大切な絆となるという事、そして地上では死後あっさりと消滅してしまう絆によって結ばれている家族がいるという事を理解ください。

『シルバーバーチの霊訓③』
もし家族の間に何か共通したものがあれば―たとえば自然な愛とか情とか友愛といったものがあれば、それによってつながっている絆は切れません。夫婦関係と同じです。地上には結婚という“しきたり”だけで夫婦である場合が沢山あります。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊的には結ばれていないという事です。結びつけるものが何もないという事です。こうした夫婦の場合は死が決定的な断絶を提供する事になります。が反対に霊的次元において結ばれている場合は、死がより一層その絆を強くします。事情によって色々と異なる問題です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【死んだ事に気づかない場合はどうなりますか―】死んだ事に気づかない場合はそれまでと同じ状態が続きます。が、こうしたご質問に対しては一概にイエスともノーとも言えない事が沢山あります。他にも色々と事情があるからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
(訳者注―ここではこれ以上の事は述べていないが、他の箇所ではその“事情”として、その時点での各自の霊格の差、その後の霊的向上の速さの違い、償わねばならない地上生活の中身―それが原因ですぐさま再生を必要とする場合もあり得る―等々があると述べている―)

『シルバーバーチの霊訓③』
(これは他の霊界通信の多くが異口同音に説いている事で、シルバーバーチがさきの答の中で“落胆される方がいては困るから”慎重を要する問題だと言ったのは、総体的に言えば家族的な絆はそう永続きするものではないのに現段階の人類はあまりに情緒的絆が強すぎて、―)

『シルバーバーチの霊訓③』
(むしろそれが向上の妨げになっている事情を踏まえての事である事を理解すべきである。この問題は断片的にではあるが今後もよく出てくる。)【戦死の場合でも誰がいつ死ぬという事は霊界では分っているのでしょうか―】そういう事を察知する霊がいます。

『シルバーバーチの霊訓③』
が、どれくらい先の事が察知できるかはその時の事情によって異なります。愛の絆によって結ばれている間柄ですと、いよいよ肉体との分離が始まると必ず察知します。そしてその分離がスムーズに行われるのを手助けするためにその場に赴きます。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊界の全ての霊に知られる訳ではありません。死んだ時―地上から見た言い方ですが―ひとりぽっちの人は一人もいません。必ず例外なく周りに幾人かの縁ある霊がいて、暗い谷間を通ってくる者を温かく向かえ、新しいそして素晴しい第二の人生を始めるための指導に当ります。

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2章 悲しい時、苦しい時こそ

『シルバーバーチの霊訓③』
何もかもが危険にさらされているこうした時期こそ霊的真理を教えてあげる必要があります。信仰という信仰がことごとく片隅に追いやられ、すべてが混乱の渦中にある今こそ、こうした単純な霊的真理を説く事によって自分を役立てる事ができるのです。その真理だけは不変です。

『シルバーバーチの霊訓③』
なぜなら不変の自然法則の働きを土台としているからです。あなた方は大規模な混乱と破滅を目のあたりにされています。他の国ではさらに大規模な、そして見るも無残な光景が繰り返されています。混乱と残酷、裏切りと暴虐が大手を振ってのし歩いております。

『シルバーバーチの霊訓③』
まさに野獣のごとき暴力が我が物顔に振る舞っております。あたかも自由の灯が完全に消され、全てが闇と化したかの如く思われる国が数多く見られます。

『シルバーバーチの霊訓③』
こうした時こそ、我々霊的法則を知った者が、霊的真理こそが人間にかつて想像もしなかった高い視野を与えてくれる事、心の中に消そうに消せない炎を灯してくれる事、最後は霊的光明が勝ち、自由を我が物とする事ができると説いて聞かせるべき時です。

『シルバーバーチの霊訓③』
それは霊の本来の資産なのです。いかに粉砕しても絶対の存在を失わない究極的な存在である“霊”が所有していなければならないものです。霊性が怖気づき、縮こまる事はありましょう、が、決して征服される事はありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊界にいる私どもがぜひともお教えしなければならない大きな真理は、地上にいるあなた方も霊的存在であるという事です。物質でできたものは破壊する事ができます。肉体は死なせる事ができます。いじめる事もできます。しかし霊的なものは絶対に存在を失いません。

『シルバーバーチの霊訓③』
なぜなら霊的なものは永遠なるもの、宇宙の大霊、無限にして不滅の存在、すなわち神の所有物だからです。皆さんがスピリチュアリズムと呼んでいるものは自然法則の働きの一部ですが、これが人間にも霊が宿っている事を証明してくれました。

『シルバーバーチの霊訓③』
その証拠は、視野を曇らされず理性に従い何の捉われもなく自由な思考をめぐらす事のできる人には、人間が本来霊的存在である事が議論の余地のない事実である事を雄弁に物語っております。

『シルバーバーチの霊訓③』
そしてその基本原則から次々と重大な意味が湧き出てきます。その一つ一つがそれを受け入れる用意のできた人々に、こうしてはいられない、何とかしなくては、という“せっぱつまった”衝動を覚えさせます。

【イエスの少年時代 貧窮の中の小さな王者】【イエスの成年時代 神と人間のはざまで】【イエスの弟子達 パウロ回心の前後】この3冊はぜひ皆さんにも手にとって頂きたいです。こんな僕に何度も何度も顕現して下さっているイエス様の壮絶な地上時代が通信霊によって克明に記述されているのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
いったん人間が霊である事を悟ると、この地上世界もその霊性を存分に発揮される環境であらねばならないとの認識が生まれます。全ての悪習、全ての罪悪、全ての悪徳、全ての既得権、全ての利己主義、貪欲、そして残虐性、こうしたものを一掃しなければならないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
それらは全てせっかく自己開発のために地上に降りた霊―いずれは当り前の生活の場となる霊界でのより素晴らしい生活に備えるために生まれてきた霊の成長を妨げる事になるからです。それが声を大にして叫びたい私たちからのメッセージです。

『シルバーバーチの霊訓③』
すなわち霊媒を通じて与える死後存続という素朴な真理から始まって、そこから生活を一変させる数知れない重大な意味を発見している事です。そして、こうして人類がその宿命の成就のために闘っている時、言いかえれば霊的教説がその真価を問われている時、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―その背後では、かつて地上で革命家、殉教者、指導者と呼ばれ、今なお新たな力を携えて霊界で研鑽を重ねている見えざる大軍が、その持てる力を総結集して援護に当っている事実を知らねばなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上の大気そのものが嘆きと悲しみと苦痛の絶叫に満ち、それに付随して様々な不協和音を生んでおります。その上忘れてならないのは、何千何万という人間が何の備えもなく霊界へ送り込まれてきている霊界の現実です。

『シルバーバーチの霊訓③』
その一人一人が本人は気づかなくても、私たち霊団の仕事に困難を加えていきます。声には出さずとも、一人一人が何らかの要求をしているからです。大変な数の人間が無知のまま、あるいは誤った信仰を待ったままやってまいります。無知と偏見は私たちが闘わねばならない敵です。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上の皆さんはひたすらに真理を広め、知識を広め、叡智を広め、光明を広め、一人でも多くの人の心に感動を与える事です。往々にしてその努力の結果はあなた方自信には分らないでしょう。がそれはどうでもよろしい。かまわず進んでください。

『シルバーバーチの霊訓③』
世間の非難、中傷にはかまわず、ひたすらにご自分の心の中の光に忠実に従う事です。それ以上の事は要求しません。敵対するものがいかに大きかろうと最後は必ず勝利を収めます。自由―精神と霊と身体の自由は必ず勝ちます。

「ペットは死後も生きている」ぜひこの書籍を手にとって“肉食”という食習慣について考えて頂きたいのです。そもそも僕達人間の身体は肉食動物として出来ておらず、植物食のみで全然普通に暮らしていけるよう出来てるのです。食肉用に“屠殺”された動物たちの霊界での様子を知って頂きたいです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
真の信仰を身につける好機はすべての事が順調に行っている時ではありません。そんな時に信仰を口にするのは誰にでもできる事です。暗黒の時に身につけたものこそ本当の信念と言えます。

『シルバーバーチの霊訓③』
太陽がさんさんと輝き、何の苦労もなく、前途に何の心配もない生活を送っている時に私は神を信じますと言うのは容易な事です。しかしそんな呑気な生活の中での信仰の告白には何の価値もありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
困難の中にあって怖じけず、いかなる緊張の中にあっても動ぜずに次のように宣言できる人の信念にこそ本当の価値があります。―

『シルバーバーチの霊訓③』
―風が吹こうが嵐が狂おうが世界がいかに混乱し全てが暗黒に包まれ絶望的になろうと、宇宙の全生命を創造し神性を賦与した力は決して自分をお見捨てにならないと信じる。知識と経験による不動の基盤の上に築いた完璧な信念に安住して、私は絶対に動じない、と。

『シルバーバーチの霊訓③』
宇宙の大霊すなわち神の力はあなた方人間を通して流れるのです。もし人間が確固たる不動の冷静さを保ち得ずに怖気づいてしまえば、その力は発揮されません。あなた方一人一人が神なのです。神はあなた方から切り離された何か別の存在ではないのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
宇宙の大霊という何か形のない遠い宇宙の果てにふわふわと浮いているモヤのような存在ではありません。人間の内奥に宿された霊的な資質を発揮すればするほど、それだけ宇宙の大霊をこの世に顕現させている事になります。

『シルバーバーチの霊訓③』
これはぜひ学んで頂きたい教訓です。霊が進化するという事はその事を言うのです。そうやって個性が築かれていくのです。成長するというのはそういう事なのです。

シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「スピリチュアル・ストーリーズ」これは霊界の存在を当り前のものとして書かれた初めての児童向け童話です。僕はこの本、最高に大好きです。美しすぎるのです。この本を読むたび、センナちゃんもきっとこんな幼少期だったのだろうと思うのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
まだまだ地上の人類は、悲しみ、苦しみ、艱難、辛苦が存在する事の理由を理解しておりません。その一つ一つが霊的進化の上で大切な機能を果たしているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
ご自分の人生を振り返ってごらんなさい。最大の危機、最大の困難、お先真っ暗の時期が、より大きな悟りを開く踏み台になっている事を知るはずです。

『シルバーバーチの霊訓③』
日向でのんびり寛ぎ、何の心配も気苦労も不安もなく、面倒な事が持ち上がりそうになっても自動的に解消されてあなたに何の影響も及ぼさず、足もとに石ころ一つなく、自分でやらねばならない事が何一つない人生を送っていては、向上進化は少しも得られません。

『シルバーバーチの霊訓③』
困難に遭遇し、それに正面から立ち向かって自らの力で克服していく中でこそ成長が得られるのです。知識を広める必要があるのは無知という名の暗闇が生み出す無意味な残虐行為、無駄な苦労を一掃するためです。

『シルバーバーチの霊訓③』
自然の摂理に反する事をしでかしておいて、それが生み出す結果への対処に無駄なエネルギーを費やすという愚かさを無くすために霊的真理の普及が必要なのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
同じ苦しみにも“無くもがなの苦しみ”があります。困難にも“無くもがなの困難”があります。がそれも霊的な成長と進化、光明へ向けての歩みにとっての糧とする事ができます。失敗も災難もみな薬です。何かを教えてくれます。

『シルバーバーチの霊訓③』
結局人間は宇宙という大きな学校の生徒という訳です。これでよいという段階は決して来ません。成長すればするほど、まだまだ開発し磨いてていかねばならないものがある事に気づくものだからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
絶対に許してならない事は不安の念を心に居座らせる事です取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見極める事を妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題は決して与えられません。

『シルバーバーチの霊訓③』
決して克服できないほど大きな障害は生じません―内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが…。地上の人間は少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
よくよくの危機、よくよくの非常事態においてその霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時は指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております。

イエス様の怒涛の連続顕現の意味を僕なりに「どうか地上に残って霊的知識普及の使命を担ってもらえまいか」という事だと理解し、苦悶の末に、僕はそのご意志に従い、あれほど待ち望んだ帰幽を諦め、地上に残って新たな使命を帯びた第二の人生をはじめる事を決断し、声に出して宣言したのでした(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
いったい何を悲しむというのでしょう。死に際して悲しみを抱くという事は、まだ進化が足りない事を意味します。

『シルバーバーチの霊訓③』
本当は地上に留まる事自体が苦痛であり、地上を去る事は苦痛から解放される事であり、暗闇の世界から出て光明の世界へ入る事であり、騒乱の巷から平和な境涯へと移る事を意味する事を思えば尚の事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊的知識を得た者がなぜその知識と矛盾する悲哀に心を痛めるのか、私は理解に苦しみます。もう一歩話を進めてみましょう。霊的真理についての知識を初めて手に入れた時、それは目も眩まんばかりの啓示として映ります。

『シルバーバーチの霊訓③』
それまでの真っ暗闇の混乱、訳の分らなかった世界がぱっと明るく照らし出される思いがします。がその新しい理解がいかに大きいものであっても、やがて納まるべきところに納まり、その人の在庫品の一つとなっていきます。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかし知識は使うためにあるのです。その知識のおかげで視野が広がらなくてはいけません。理解力が増さなくてはいけません。洞察力、同情心、寛容心、善意がいっそう大きくならなくてはいけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
せっかく知識を手にしながら、それをある限られた特別の機会のために取っておく事は許されません。それは人生のあらゆる側面における考えを改めるために使用されるべきものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんがこれまでに学び、観察し、体験してきた事に幾ばくかでも真理があったとすれば―もし学んできた事が霊的な価値を有するものであれば、その価値はそれを実際に使用し実生活に適用する事によって少しでも多くの霊的自我を発揮させる事で生かされるのです。

僕は本当に帰幽したくて×∞ たまりませんでした。今でもそうです。しかし帰幽待ちの期間中に「撃って出る」と称して霊的知識のタネを蒔きまくった事で、僕の人生が180度変わってしまいました。僕はこんな重大な責任を帯びた使命など全く関係ない個人的な進化目的で地上に降りたはずなのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
身近な人の死に直面した時、あの馴染みの顔、姿、言葉、笑顔がもう見られなくなった事を悲しむのではないと断言なさるのなら、あなたは絶対に悲しむべきではありません。この知識はただ単に知識として取っておいて頂いては困ります。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんの日々の生活の中で使用して頂かないと困ります。その霊的な価値は工場において、仕事場において、事務所において、商いにおいて、専門職において、天職において、奉仕的仕事において、家庭内において、その絶対的基盤としなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなた方の生活の全ての行為における光り輝く指標とならなければなりません。それが知識というものの存在価値なのです。という事は、スピリチュアリストを自認する方はスピリチュアリズムというものを―これも霊的真理の一側面に付した仮の名称にすぎませんが、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―身内の人を失って悲しむ人のためにだけ説いて、それ以外の時は忘れているという事であってはならないという事です。私どもが教えんとしている事、駆使しうる限りの力を駆使して示さんとしている事は、この宇宙が霊的法則によって支配された広大な世界である事、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―そしてその法則は、人間自ら見える事より見えない事を望み、聞こえる事より聞こえない事を望み、物が言える事よりも言えない事を望み、常識より愚昧を好み、知識より無知を好む事さえなければ、決して恩恵をもたらさずにはおかないという事です。

シルバーバーチ霊が多大な犠牲を払って地上人類にもたらしてくれた“ダイヤモンドの輝き”に譬えられる珠玉の霊的真理。僕たちはその美しい霊言の数々に触れる事で、大切な知識を得るチャンスを与えて頂いたのです。人類の宝とも言える霊界通信の書籍は、すぐ手の届くところにあるのです☆(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
知っているという事と、それを応用する事とは別問題です。知識は実生活に活用しなくてはなりません。死を悼むという事は霊的知識が実際に適用されていない事を意味します。地上生活を地上生活だけの特殊なものとして区切って考える習癖を改めなくてはなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
つまり一方には物質の世界だけに起きる特殊な出来事があり、他方にはそれとは全く異なる異質の、霊的な世界だけの出来事があって、その二つの世界の間に水も漏らさぬ仕切りがあるかのように考えるその習性から卒業しなくてはいけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなた方は今そのままの状態で既に立派に霊的な存在です。死んでから霊的になるのではありません。違うのは“より”霊的になるという程度の差だけであって、本質的には少しも変わりません。あなた方にも霊の財産であるところの各種の才能とエネルギーが宿されているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
今からあなたのものなのです。肉体に別れを告げたあとで配給を受けて、それを霊体で発揮し始めるというのではありません。今日、こうしている時から既にそれを宿しておられるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
いわば居眠りをしながら時おり目を覚ます程度でしかありませんが、ちゃんと宿している事には違いありません。霊的知識を手にしたあなた方は人生のあらゆる問題をその知識の光に照らして考察し、そうした中で霊の所有物、才能の全てを発揮できるようにならないといけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
悪いと知りつつ罪を犯す人は、“罪を犯す”という言い方は私は好きではありませんが(他のところで“摂理に背く”と言いたいと述べている。訳者)知らずに犯す人よりはるかに悪質です。

『シルバーバーチの霊訓③』
盗む事は悪い事ですが、霊的知識を手にした人がもし盗みを働いたら、それは千倍も悪質な罪となります。恨みを抱く事は悪い事ですが、霊的知識を知った人がもし誰かに恨みを抱くような事があったら、それは千倍も悪質な罪となります。

『シルバーバーチの霊訓③』
知識は全ての事に厳しさを要求するようになります。私がいつも“知識は責任を伴う”と申上げているのはそういう意味です。霊的な事を知っていながらそれが実生活における行為にまるで反映していない人が多すぎます。

『シルバーバーチの霊訓③』
難しい事かも知れませんが、人間は一人の例外もなく今この時点において霊の世界に住んでいる事、決して死んでから霊になるのではないという事をしっかりと認識してください。

『シルバーバーチの霊訓③』
死とはバイブレーション、波長が変るにすぎない事を認識して下さい。知覚の仕方が変るだけと言ってもよろしい。日常生活で固くてしっかりしていると思っているものと全く同じ、いえもっともっと実感あるものが、たとえあなた方の目に見えなくても立派に存在しております。

シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「私の霊界紀行 驚異の幽体離脱体験記」です☆著者が離脱にて訪れた様々な界層について紹介されてます。著者の指導霊が離脱中の著者にイタズラするシーンなどが紹介されている部分もあって、単純に読み物としてもおもしろいと思います☆(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
“生”を正しい視野で捉えて頂きたい。その中で“死”が果たしている役割を理解して頂きたいと思います。人間はあまりに永い間、死を生の終りと考えて、泣く事、悲しむ事、悼む事、嘆く事で迎えてきました。

『シルバーバーチの霊訓③』
私どもはぜひとも無知―死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なす無知を取り除きたいのです。そして死とは第二の誕生、生の自然な過程の一つである事、人類の進化における不可欠の自然現象として神が用意したものである事を理解して頂きたいのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
死ぬという事は生命を失う事ではなく別の生命を得る事なのです。肉体の束縛から解放されて、痛みも不自由も制約もない自由な身となって地上での善行の報いを受け、叶えられなかった望みが叶えられるより豊かな世界へ赴いた人の事を悲しむのは間違いです。

『シルバーバーチの霊訓③』
死の関門を通過した人はカゴから放たれた小鳥のようなものです。思いも寄らなかった自由を満喫して羽ばたいて行くのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間が死と呼ぶ看守によって肉体という監獄から出させてもらい(原則として)それまでの肉体に宿っているが故に耐え忍ばねばならなかった不平等も不正も苦しみも面倒もない、より大きな生へ向けて旅立ったのです。霊本来の限りない自由と崇高な喜びを味わう事になるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
苦痛と老齢と疲労と憂鬱とから解放された人をなぜ悲しむのでしょう。暗闇から脱して光明へと向かった人をなぜ悲しむのでしょう。霊の本来の欲求である探求心を心ゆくまで満足できる事になった人をなぜ悼むのでしょう。それは間違っております。

『シルバーバーチの霊訓③』
その悲しみには利己心が潜んでいます。自分が失ったものを悲しんでいるのです。“自分が”失ったものを“自分で”耐えていかねばならない事、要するに自分を包んでくれていた愛を奪われた、その孤独の生活を嘆き悲しんでいるのです。それは間違いです。

『シルバーバーチの霊訓③』
もし霊的真理に目覚め、無知の霞を拭い落とした目でご覧になれば、愛するその方の光り輝く姿が見えるはずです。死は決して愛する者同士を引き離す事はできません。愛は常に愛する者を求め合うものだからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなた方の悲しみは無知から生じております。知識があれば愛する者が以前よりむしろ一段と身近な存在となっている事を確信できるはずです。霊的実在を悟る事から生じる喜びを十分に味わう事ができるはずです。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんもいずれは寿命を完うしてその肉体に別れを告げる時がまいります。皆さんのために尽して古くなった衣服を脱ぎ捨てる時が来ます。霊が成熟して次の進化の過程へ進む時期が来ると自然にはげ落ちる訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
土の束縛から解放されて、死の彼方で待ち受ける人々と再会する事ができます。そのめでたい第二の誕生にまとわりついている悲しみと嘆き、黒い喪服と重苦しい雰囲気は取り除く事です。そして一個の魂が光と自由の国へ旅立った事を祝福してあげる事です。

「撃って出る」と称して僕が意図せず始めた、この果てしない霊的知識のタネ蒔きが、僕の人生を180度変えてしまいました。これにて僕の「帰幽」は完全に消失してしまいました(悲)本当なら僕は2012年12月16日(日)で帰幽完了して、霊界にて思念描画を思う存分堪能してたはずなのです(祈)

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5章 もしもシルバーバーチがテレビに出たら

『シルバーバーチの霊訓③』
【解説】もしスピリチュアリズムについてテレビで講演する事になったらどういう事を話されますか―ある日の交霊会でこんな質問が出された。シルバーバーチはすかさず次のように答えた。

『シルバーバーチの霊訓③』
私はまず私が地上の人たちから“死者”と呼ばれている者の一人である事を述べてから、しかし地上の数々の信仰がことごとく誤りの上に築かれている事を説明いたします。生命に死はなく、永遠なる生命力の一部であるが故に不滅である事を説きます。

『シルバーバーチの霊訓③』
私は視聴者に、これまで受け継いできた偏見に基づく概念の全てをひとまず脇へ置いて、死後存続の問題と虚心坦懐に取り組んで真実のみを求める態度を要請いたします。

『シルバーバーチの霊訓③』
寛容的精神と厚意をもって臨み、一方、他人がどう述べているからという事で迷わされる事なく、自らの判断で真理を求めるよう訴えます。そして世界中の識者の中から、いわゆる死者と話を交した実際の体験によって死後の生命を信じるに至った人の名前を幾つか紹介します。

『シルバーバーチの霊訓③』
そして私自身に関しては、私もかつて遠い昔に地上生活の寿命を割当てられ、それを完うして一たんベールの彼方へ去ったのち、この暗い地上へ一条の光をもたらし久しく埋れたままの霊的真理を説くために、再び地上に戻る決心をした事を述べます。

『シルバーバーチの霊訓③』
私はその霊的真理を平易な言葉で概説し、視聴者に対して果たして私の述べた事が理性を反撥させ、あるいは知性を侮辱するものであるか否かを聞いてみます。私には何一つ既得の権利を持合わせていない事を表明します。

『シルバーバーチの霊訓③』
こんな事を説いてお金を頂かねばならない訳でもなく仕事を確保しなければならない訳でもありません。私には何一つ得るものはありません。霊界での永い永い生活を体験した末に私が知り得た事を教えに来ているだけです。聞くも聞かぬもあなた方の自由です。

シルバーバーチの霊訓、全12巻の他に【古代霊は語る シルバーバーチ霊訓より】【シルバーバーチのスピリチュアルな法則】【シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ】【シルバーバーチの新たなる啓示】【シルバーバーチ 最後の啓示】【シルバーバーチ 今日のことば】等もあります(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
人間は不滅なのです。死は無いのです。あなた方が涙を流して嘆き悲しんでいる時、その人はあなた方のすぐ側に黙って立っている―黙って、というのは、あなた方が聞く耳をもたないために聞こえない事を言っているまでです。

『シルバーバーチの霊訓③』
本当は自分の存在を知らせようとして何度も何度も叫び続けているのです。あなた方こそ死者です。本当の生命の実相を知らずにいるという意味で立派な死者です。神の宇宙の美が見えません。地上という極小の世界の事しか感識していません。

『シルバーバーチの霊訓③』
すぐ身のまわりに雄大な生命の波が打ち寄せているのです。愛しい人たちはそこに生き続けているのです。そしてその背後には幾重にも高く界層が広がり、測り知れない遠い過去に地上で生活した人々が無数に存在し、その体験から得た叡智を役立てたいと望んでいるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
見えないままでいたければ目を閉じ続けられるが宜しい。聞こえないままでいたければ耳を塞ぎ続けられるが宜しい。が賢明なる人間は魂の窓を開き人生を生き甲斐あるものにするために勇気づけ指導してくれる莫大な霊の力を認識する事になります。あなた方は神の子なのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
その愛と叡智をもって全宇宙を創造した大霊の子供なのです。その大霊とのつながりを強化するのは、あなた方の理解力一つです。

『シルバーバーチの霊訓③』
もし教会がその邪魔になるのであれば教会をお棄てになる事です。もし邪魔する人間がいればその人間と縁を切る事です。もし聖典が障害になっていると気がつかれればその聖典を棄て去る事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうしてあなた一人の魂の静寂の中に引きこもる事です。一切の世間的喧騒を忘れ去る事です。そして身のまわりに澎湃として存在する霊的生命の幽かな、そして霊妙なバイブレーションを感得なさる事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうすれば人間が物的身体を超越できる事を悟られるでしょう。知識に目覚める事です。理解力を開く事です。いつまでも囚人であってはなりません。無知の牢獄から抜け出て霊的自由の光の中で生きる事です。―以上の如く私は述べるつもりです。

以前幽体離脱で出会ったショートヘアの素敵な女性が、地上で見た事のない装束をまとってたシーンがあったんです。その装束の印象が強烈に脳内に残って、Webでかなり調べたのですが似た装束を見つけられませんでした。でもたぶんあの素敵な女性は古代日本の巫女のような方だったのではないかと(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
【次に教会中心の信仰者に対して講演するとしたらどう説かれるかと聞かれて―】まず私は教会という所が本来宗教についての真実を学ぶために存在するものである事を説きます。目に見えない高い世界の影響力に集団で波長を合わせるための場です。

『シルバーバーチの霊訓③』
暫しの間、俗世的心配ごとやストレスから離れ、雑念や悩み事を忘れて霊的実在に目を向ける場です。私はまた人のために自分を役立てる事こそ真の宗教であると説きます。礼拝に出席したら欠席した人より立派になるという訳ではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
肌の色が白いから、茶色や黒い肌の人より優れている訳ではありません。大切なのは霊の進化、魂の成長です。教会はそのための永遠の旅に備える場であるべきです。いかにして霊を修練するかを教える場であるべきです。

『シルバーバーチの霊訓③』
儀式、信条の事で惑わされてはいけません。建物を必要以上に有難がってはいけません。宇宙の大霊は無限の存在です。いかに神聖に思える建物でもその大霊を閉じ込める事はできません。四つの壁では“永遠なるもの”は包めません。

『シルバーバーチの霊訓③』
書物も、その言葉がいかに美しくても、いかに内容が立派でも、いかに霊的でも、、それ一冊に無限なる霊すなわち神に関する真理の全てが記される訳がありません。いかなる人間でも、たとえ地上で最高の聖職にある人でも、あなたと神との関係に干渉する事は許されません。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなた方の存在にとって必要なものは、あなた方自身が無限の啓示の宝庫から引き出す事ができるのです。あなた方が神と呼び、私が大霊と呼ぶところのもの即ち全生命の背後の普遍的摂理は、永遠にあなた方と切っても切れない絆で結ばれております。

『シルバーバーチの霊訓③』
内部に宿された神性を発揮しさえすれば―高級界から受ける霊力とインスピレーションを活用する霊的法則さえ身につければ、神が意図された通りの生き方ができるようになります。

『シルバーバーチの霊訓③』
自己を棄て、世間に目を向け、身体の不自由な人を癒し、苦しむ人に手を差しのべ、飢えた人に食を与え、渇えた人に水を与え、道を見失える人に勇気と指示を与え、優しさと思いやりと愛情を、それを必要とする人の全てに与えてあげるようになるでしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうなった時こそ自分を役立てている事になります。それが唯一の宗教なのです。それ以外の宗教を私は知りません。

僕が霊聴にて聞くメッセージは指導霊の男性からのものが殆どですが、先日幽体離脱から帰還後、ありとあらゆる方々から声を掛けて頂いたのでした。それこそ老若男女。それほど大勢の方々が支えて下さってるなんて(涙)そしてまた「香世子さん」が満面の笑顔で出現してくれました♪ありがとう☆(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
【スピリチュアリズムが世界的宗教となる日が来るのでしょうか―】あなた方がスピリチュアリズムと呼んでいるものは大自然の一部―その作用、その意義に対して付けられた名称にすぎません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私にとって宗教とは自分なりの人生を生きる事であり、特定の宗派の信仰を受入れる事ではありません。人生を支配している摂理は普遍的なものです。という事は普遍的な理解力が世界中に行きわたれば、お互いが扶け合う事が普遍的な宗教という事になります。

『シルバーバーチの霊訓③』
それをスピリチュアリズムと呼ぶかどうかはどうでもよい事です。大切なのは真理が普及し、無知の壁が崩れ、迷信が人間の精神から一掃されて、霊的叡智が花開く事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
ラベルには用心しなければなりません。なぜかと言えば、そのうちそのラベルに象徴されていた中身に代ってそのラベルそのものが大切にされるようになり、ついにはラベルだけを崇拝して真理を忘れてしまうからです。大切なのは真理です。ラベルはどうでもよろしい。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんはある現象が話題になるとそれをスピリチュアリズムだと言います。が、全ては自然法則の働きで起きているのであって、それをどう呼ぶかは重要ではありません。同じ意味で“宗教”という用語もその本来の意義を失ってしまいました。

『シルバーバーチの霊訓③』
今では宗教といえば“神聖”のラベルをはられた特殊の行事や慣習、儀式、祭礼などの事を連想します。しかし教会や礼拝堂が普通の建物に比べていささかも神聖である訳ではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
石はあくまで石です。普通の家の一部となろうと大聖堂の一部となろうと石は石でしかありません。神を崇拝する場として作られた建物は確かに美しいかも知れませんが、その美しさが神聖さを生む訳ではありません。美しいと思うのは美意識の反応にすぎません。

『シルバーバーチの霊訓③』
宗教そのものは教会とは何の関係もありません。霊感のある人―本当の意味での聖職者つまり霊的能力を具えた人が民衆の要請に応えて神との取次ぎをしてあげる事と言ってもよいでしょう。勿体ぶった神学的言説に基づく行事をしたり信仰を告白したりする事ではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
教会でワインを飲んだからといって他の場所でワインを飲むよりも“宗教的”である訳ではありません。宗教的である事は宇宙の大霊の一部である自分を少しでもその大霊の御心に近づける事です。内部の神性を発揮する上でプラスになる事をする事が宗教です。

『シルバーバーチの霊訓③』
その神性は人のために役立つ行為、愛他心、親切心、日々新たになろうとする心掛け―どこにいても倒れている人を起こしてあげ、弱った人を元気づけ、無力な人の力になってあげ、病の人を癒し、真理と叡智を広め、不正を無くする行為となって表れます。それが宗教です。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間にはその人なりの宗教を実践する上で必要なものは全て授かっております。そのためにはまず、宗教とは名僧知識が説く事を体系的にまとめる事であるかのように考える、その誤った概念を捨て去る事です。

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『シルバーバーチの霊訓③』
私どもは、どこかの礼拝のための建造物に出席する事が神への義務を果たす事になるとは決して申しません。出席される方は真面目な気持でそうされているかも知れませんが、真の宗教心はその人の生きざまの中でしか発揮されないのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
各自の魂に内在する崇高なる霊性の働きと切り離されたところに宗教は存在しません。【―おっしゃるような生き方ができなければ、スピリチュアリズムも既成宗教と同じように失敗に終る事になる訳ですね】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―その通りです。必ず同じ運命を辿ります。私たちが地上へ戻ってきたのは一時のセンセーションを巻き起こすためでもなく、一部の人たちだけに喜びをもたらすためでもありません。肉親を失った人を慰めるのは大切です。悲しみの涙に暮れる人の涙を拭ってあげるのも大切です―

『シルバーバーチの霊訓③』
―が、それよりもっともっと大切な事は、霊的真理を日常生活の全てに生かす事です。“無知”から生じる世の中の害毒を無くさなくてはなりません。全ての不公正を改め、全ての偏狭と横暴を駆逐しなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちの仕事は人間に内在する霊性をあらゆる面で発揮させ、物質文明から排泄されるもの―汚れ、病気、暗黒街、スラム街、その他、神聖なる霊が閉じ込められている全ての邪悪な環境を清める事に向けられております。要するに私たちの説く宗教は実践の宗教です。

『シルバーバーチの霊訓③』
一日一日の宗教―一日二十四時間、一時間六十分、一分間六十秒、その全てを実践の時とする宗教です。それが私たちの評価の基準です。それが私たちの目標とする理想です。それが知識を手にした者の本当の仕事―

『シルバーバーチの霊訓③』
―自分だけが喜びと慰めを得るに止まらず全ての人に隔てなく分け与えてあげる義務なのです。スピリチュアリズムも他の全ての事と同じく“結果”によって評価されます。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなたが存在する事によって世の中の誰一人として益を受ける事がなければ、この世に生まれてきた甲斐がなかった事になります。もしスピリチュアリズムを信奉する人が今深刻に要請されている精神的革命に何の役割も果たせないとしたら、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―それは自分に対する欺瞞であると同時に、その目的のためにその人を使用した霊の力に対する欺瞞にもなります。人間を通して地上へ注がれる莫大な霊力には成就すべき巨大な宿命があります。それは人類の霊的革新です。

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7章 宇宙創造の目的

『シルバーバーチの霊訓③』
【霊的教訓の真髄は確かに単純なものかも知れないが、全ての人間がそれだけでは満足しないのも事実である。ある日の交霊会で“宇宙創造の目的は何か”という質問が出た。そしてその質問の内容をこう広げた】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―【人間は徐々に進化し続けて究極的に大霊の中に吸収されてしまうのなら何故人間を創造する必要があったのでしょうか―】私は人間が最後は大霊に吸収されてしまうという説を取っている者ではありません。いつも言っている通り私は究極の事は何も知りません。

『シルバーバーチの霊訓③』
始まりの事も知りませんし終りの事も知りません。私に言わせれば“存在”には“いつから”という事はなく“いつまで”という事もなく“いつまでも”存在し続けます。

『シルバーバーチの霊訓③』
地球上の全生命が他の天体の生命と同じように霊の世界を通過して絶え間なく進化し、意識が完全を目指してゆっくりと上昇していきつつあるの状態が“存在”です。その意識が“いつ芽生えたか”についても私は何も知りません。“いつ完全の域に達するか”も知りません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私には完全とか吸収(寂滅)とかの時が来るとは思えません。なぜなら魂というものは霊性を高めて向上するにつれて、言いかえれば過去の不完全性の不純物を払い落とすにつれて、さらに大きな進歩の必要を自覚するものだからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
進化すればするほど、なお進化すべき余地がある事に気づくものです。高く登れば登るほど、その先にまだ登らねばならない高い所がある事を知る事の連続です。私の考え方は、大霊の一部である意識の、生活の中における開発と発展に主眼を置いています。

『シルバーバーチの霊訓③』
この意識は私の知る限り無窮の過去より常に存在してきたものですが、それが様々な形態を通じて顕現し、その表現を通じて絶え間なく洗練されつつ内在する神性をより多く発現していくのです。これまでもありとあらゆる生命現象を通じて顕現し、今なお顕現し続けております。

『シルバーバーチの霊訓③』
現在人間という形で表現している意識もかつては動物、鳥類、魚類、植物、その他無生物と呼ばれるもの全てを通じて表現されてきたのです。これからもその意識は進化と成長を続け、発展し拡張し神性を増し物質性を減らしていきます。それが創造の全目的です。

もう公言します。僕が以前から言ってた「誰でも知ってる歴史上の天才画家」の方が僕に協力して下さるという件ですが、その方はルネサンス時代の、最後の晩餐、モナリザの作者、そう、レオナルド・ダ・ヴィンチ先生です。今僕は器に合わないとてつもない責任を帯びたポジションに立ってるのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
大霊の一部である意識が千変万化の形態を通じて絶え間なく顕現していく事です。それに私はぜひ次の考えを付け加えたいと思います。それは人間を創造の大業と切り離す、あるいは縁のない存在として考えてはならないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
なぜなら人間もその創造活動に参加しているからです。創造的エネルギーが人間を通じて働いているのです。あなたの人生、あなたの努力、あなたの葛藤が、無限の創造活動に貢献するという事です。一つ一つの生命がそれなりの貢献をしています。

『シルバーバーチの霊訓③』
その生命が高級になればなるほど、つまり愛他性を増し排他性を減らすにつれて、変化に富む創造の世界に美しさを加えています。画家や音楽家や詩人だけが美の貢献をするのではありません。あらゆる生命が―そのつもりになれば―美をもたらす事ができるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【(創造の問題は必然的にバイブレーションの問題になる)スピリチュアリズムでは“バイブレーション”という用語がよく使用されますがこれを分り易く説明して頂けないでしょうか―】生命のあるところには必ず運動がありリズムがあり鼓動がありバイブレーションがあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
生命は活動せずにはいられないものです。静止したり惰性的になったりするものではありません。生命には必ず運動が付随します。その運動を理解しその意味を理解するにはまずその定義から始めねばなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私がバイブレーションという時、それはエネルギーの波動の形で顕現している生命の事で、無数の生命形態ないしは現象の一つを指しています。存在するものは全てバイブレイトし、何かを放射し、活動しています。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちがこうして地上へ働きかける事ができるのもバイブレーションのおかげです。私たちは普通の物的感覚の領域を超えたバイブレーションの世界で生活しております。

『シルバーバーチの霊訓③』
いわばオクターブの高い世界です。霊的エネルギー、霊的パワー、霊的現象はことごとく物質より感度の高い、微妙なバイブレーションから成り立っております。

膨大に浴びまくっているインスピレーションの中には、日常生活のごく小さな出来事に関するヒントまであり、僕はビックリしつつもその通りにしてみたら、その小さな日常生活の問題がコロッと解決した…なんてものまであるのです。僕のツイートをご覧の皆さん、インスピレーションは素晴らしいのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
地上のように物質に浸りきり包み込まれている世界と交信するためには次の二つのうちどちらかの方法を取らねばなりません。即ち人間の側がその低いバイブレーションを高めてくれるか、、それとも私たち霊の側がその高いバイブレーションを下げるかのどちらかです。

『シルバーバーチの霊訓③』
両方が歩み寄れば…誰しもそうお考えになるでしょう。ところがどうしてどうして、なかなかそううまくは行かないのです。いつも私たちの方が遠路はるばる下りて来なければなりません。地上世界からの援助は多くを望めないのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
この霊媒(モーリス・バーバネル)を使ってしゃべるために私は私の本来のバイブレーションを下げております。その状態から脱け出て私の本来の界へ戻る時は、その界に合った意識を取り戻すためにバイブレーションを加速しなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
こうした事は全てバイブレーションの操作によって行われる訳です。それを簡単に説明するにはバイブレーションという用語しか見当たりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
それにしても長い間、霊的な分野の事には一切耳を貸さず目を瞑ってきた科学者が、今になって物質の世界の謎を解くカギはバイブレーションにあるという認識をもち始めた事は興味深い事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【“霊力”とはどんなものでしょうか。実感があるのでしょうか。目で見て描写できる性質のものでしょうか―】ずいぶん解釈の難しい言葉をお使いになられますね。“実感があるか”とおっしゃるのはどういう意味でしょうか。

『シルバーバーチの霊訓③』
五感に反応するかという事でしょうか。その意味でしたら実感はありません。真実味があるかという意味でしたら、知識に真実味があり叡智に真実味があり進化に真実味があり愛に真実味があり、あらゆる目に見えないエネルギーに真実味があるように霊力にも真実味があります。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちスピリットにとってはもちろん真実味がありますが、霊覚が発達してその真実味が認識できる段階にまで来ていない者にはその存在は実感できません。一種のエネルギーです。霊的なエネルギーです。生命活動を操るエネルギーです。

『シルバーバーチの霊訓③』
無知な人、偏見を抱く人、迷信に動かされる人は、自分でいくつもの精神的障壁をこしらえ、その一つ一つが霊力の働きの障害となります。それがいつになったら突き崩せるかは、その障害の性質によります。

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
人によっては霊的なものについて漠然とした概念すら抱く事なく地上生活を終える事があります。そういう人は生命がすなわち霊であり霊がすなわち生命である事、地上の全生命は霊力ゆえに存在が維持されている事に気づきません。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊的実在について全くの無知で、言わば死が解放してくれるまで肉体という牢獄の中に閉じ込められた生活を送る訳です。といって死んですぐに実在に目覚める訳ではありません。ご承知の通り、それには永い調整期間が必要です。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうした完全に無知な人とは別に、生命現象を想像し支配し導いている超越的エネルギーを何らかの体験の中でチラリと垣間見る程度に意識する人もいます。さらにあなた方のようにこうして直接的に知識を獲得して、日常生活の中で霊力の恩恵にあずかる人もいます。

『シルバーバーチの霊訓③』
心と精神と魂の窓を開いた方です。こうした方は地上の生命現象の全てを表現しているのと同じ霊力の道具として、いつでも使われる用意ができている方です。霊の方でもあなた方を通して他の受入れ準備の整っている人を少しでも早く目覚めさせようと腐心しています。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうした事に使用されるのはみな同じ霊力なのです。生命現象の全てを統制している力は、私の霊団が操作し私がこうして話す事を可能にしてくれている力と同じものなのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【そのシルバーバーチ霊団とサークルとの繋がりについて出された質問に答えて―】信じる事です。訳も分らずに信じるのではなく確固とした知識の上に立った信念をもつ事です。確信です。これは使い古された言葉ですが私には何一つ新しい訓えはもち合わせないのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかしそれがあなた方の精神構造の一部となり切るまで私は同じ事を声の続く限り何度でも叫び続けます。確信をもつ事です。あなた方があなた方なりの役割を果たして下さっていれば私たちは私たちなりの役割を果たします。決して見捨てるような事は致しません。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間がインスピレーションにあずかるチャンスはいくらでもあります。ところが取越苦労、疑念、不安、こうした邪念が障害となっています。そういう邪念が心に宿るスキを与えてはなりません。(あなた方の協力を得て)為さねばならない仕事が山ほどあるのです。

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
目的意識を忠実に持ち続ける事によって私を援助して頂きたいのです。私のこれまでの永い体験をもってしても容易に克服できない障害がたくさんあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
だからこそ皆さんの私への忠誠心、確信、なかんずく大胆不敵な心、つまり恐怖心、悩み、心配を精神に根づかせないように心掛ける事で私の力となって頂かねばなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
進み行く道を問題が過ぎる事があるかも知れません。がそのまま過って行ってしまいます。そこに居座る事はありません。解決できないほど難しい問題は生じません。背負えないほど重い荷を背負わされる事はありません。取越苦労をしてはいけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
明日がもたらすものに不動の信念と断固たる精神で立ち向かいなさい。万事うまく行きます。世の中にはあなた方(のように霊的真理を手にした者)による救いを求めている人が大勢います。あなた方はそういう人を援助し、使命を成就する備えができていなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
どうのこうのと立派な事を言っても、それを人のために役立てなかったら、つまり自分の獲得した知識を他の人に分けてあげなかったら、せっかくあなたに授けられた知識の本来の意義を自分の人生で生かしていない事になるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
為さねばならない事は山ほどあります。われわれの努力によって喜ばせてあげられる人があちらにもこちらにも大勢いる事を自覚して、心躍る気持で仕事に邁進しようではありませんか。

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『シルバーバーチの霊訓③』
【別の日の交霊会で、これから霊媒のバーバネル氏が入神してシルバーバーチがしゃべり始めるのを待っている間、二人のメンバーがスピリチュアリズムの宣伝活動の価値について議論し合っていた。やがてシルバーバーチが憑ってきてこう語った】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―私たちがこうして地上へ戻ってくるのは何のためだとお考えでしょうか。少数の特殊な人のため?それとも大勢の人のため?私たちの説く真理は一握りの人のためにどこかの小さな団体、秘密結社のようなところに仕舞い込んでおくべきものでしょうか。

『シルバーバーチの霊訓③』
真理を知らずに迷い、絶望的になり、あるいは悲嘆に暮れている数知れない人の姿が私たちの目に見えないとでもお思いでしょうか。私たちがお届けするメッセージには重大な目的があるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
世界中の人間に例外なく宿る宇宙の大霊即ち神の崇高な資質を顕現させる事を目的としているのです。まず第一に人生を支配する法則―物的生活、精神的生活、霊的生活を支配する法則の存在を説かなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
続いて人生の目的、地上に生まれてきた理由、内部に宿るすばらしい能力、潜在的神性、人間に為し得る貢献度、目指すべき理想的世界、身につけるべき知識、到達できる極致を理解させなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちの説く真理は最後は地上の全ての人間、それも地上に生きているうちに実生活に応用する事によって実地に学ばせるために、地上のすみずみに至るまで広められるべき宿命を担っているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
誤りを訂正し、不足を補い、これまで人間が愚かにもしでかしてきた事の後片づけをするだけで何十年も何百年も費します。地上の人間がこうまで無知でなければ、そのエネルギーを別の用途に向け、時間のムダも省けるのですが…。

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
ここにお集まりの皆さんには既にその知識があります。霊的知識について少しばかり多くの事を学んでおられます。霊的交信のすばらしさも味わわれました。永遠に別れてしまったと思っていた愛する人との縁を再び取戻されました。遠大な神の計画の一端をご覧になりました。

『シルバーバーチの霊訓③』
その見事な構想の驚嘆されました。霊力の証のいくつかもご覧になられました。高い世界からのインスピレーションの喜びも味わわれました。高い世界の知識の泉に近づかれました。こうした事は一体何のためだったのでしょうか。自分一人で楽しむため?違います。

『シルバーバーチの霊訓③』
知識には責任が伴います。今度は代ってあなたがその知識を自分にできる範囲で広めなければならないのです。あなたが得た喜びが何であれ、それを他の人へ回してあげるのがあなたの責務です。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうする事で一人でも多くの人が霊力に近づき、高い世界で待機している霊の愛を知り、これまで多くの男女に神の雄大な計画の一翼を担う道具となる決意をさせたその強烈な力によって、さらに多くの人が魂を鼓舞されるように努力しなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
知識に制約を加えようともくろむ人種とは縁をお切りになる事です。知識は自由に広められるべきです。それが無知と迷信と、あまりに永い間人類の足枷となってきたものを全て打ち崩す事になるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
知識こそが魂を解放し、神からの授かりものである自由の喜びを満喫する事になるのです。太陽の輝きが拝めるはずの人間がローソクの灯りしか知らないとは、何という愚かしい事でしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
私が一個の道具に過ぎないように皆さんも道具です。どこの誰それでなく全ての人の心を解放してあげるのが我々の仕事です。それが地上世界に進歩をもたらし、神の子全てが霊的摂理に基づいて意義ある人生を送れるように、社会組織を改めていくもとになります。

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
【最後にこれから先の見通しについて―】私の興味は真理だけです。真理こそが最も大切です。私のいう新しい世界が基盤とすべき永遠の霊的真理を理解して頂くために私は、ひたすら自分を役立てる事だけを考えております。

『シルバーバーチの霊訓③』
その大事業から外れた事をする人間は本来同胞のために捧げるべきエネルギーをムダに費やしている事になります。私たちが地上へ戻ってきたそもそもの目的は、聞く耳をもつ者の魂に刺戟を与え、新しい世界の構築のために地上の人間なりの役割を果たして頂く事にあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
形式への盲従が度を越しています。因襲を大事にしすぎます。私は知識の普及とそれを今なお暗闇にいる人々の啓発のために使用して頂く事以外には関心がありません。私にとって宗教はたった一つしかありません―人のために自分を役立てるという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
教会、聖堂、信条、教理―これらに私はまるで興味がありません。行為、生活、動機―これで評価します。霊的な知識を得た人がそれを正しく普及していく上で心すべきは、それを無理やり押付ける事によって肝心の霊界からの働きかけの邪魔になってはいけないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊の力は勝手に制約したり命令したりできません。発現できると見たらどんな人を通してでも流入します。私たちが欲しいのはそういう道具、霊媒、あるいは普通の男女―その人を通じて霊力が受入れられ、霊の教えが語られ、知識が伝達されるような精神構造をした人たちです。

『シルバーバーチの霊訓③』
これはのんびり構えてられない問題です。私たちが何故地上へ戻ってくるのか。実は霊界入りする人間の中に、もし地上で霊的知識を身につけておればこうまで酷くならなかったろうと思われる廃残者、堕落者、霊的生活への備えがまるで出来ていない者があまりに多すぎるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
無知と恐怖と迷信と偏見に満ちた者ばかりなのです。そうした地上の暗黒面を助長している勢力を打ち崩す事が私たちの仕事です。私はそれを敢えてスピリチュアリズムと呼ぶつもりはありません。私は自然法則について語っているだけです。

『シルバーバーチの霊訓③』
父なる神などという言い方も致しません。私は宇宙の大霊という呼び方をしています。私は法則に目を向けます。私は宇宙の目的に目を向けます。人間は霊的に成長しなければならないのです。

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『シルバーバーチの霊訓③』
もし地上で為すべき事の一部だけでも成就できたら、避けようにも避けられない宿命である次の霊的生活への準備が整った事になります。そうなるように仕向けるのが私たちがこうしてあなた方の世界へ戻ってくる目的です。同胞である地上人類への愛に発しているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
情愛の絆が我々を結びつけ私たちがあなた方の真理を語り、代ってあなた方が同胞のためにそれを語り継いで頂くという事です。私はただ私が見たままの事実を述べるだけです。とにかく知識を広める事です。迷信を突崩すのです。光明を輝かせ闇を無くすのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
古くからの誤った権威を亡ぼすのです。強欲、貪欲、私利私欲、旧態依然たる教理と慣行の息の根を止めるために何とかしなければなりません。これらの全てが霊の敵です。その行く手を邪魔する者はたとえ一時的にせよ神の計画を妨害している事になるのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
真理はいかなる組織・団体よりも大切です。何も難しく考える事はありません。真理は極めて簡単なのですが、人間は簡単では気が済まないのです。形式と慣習を好み、よその形式と慣習を真似したがり、よそが教会を建てると自分の所にも教会を建てないと気が済まないのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
よそが祈祷で儀式を始めるようになると自分の所でも祈祷文をこしらえます。よそが賛美歌を歌うと自分の所でも賛美歌をこしらえます。最もその多くは文句が同じで、歌い方を変えているだけですが…。よそが説教を始めると自分たちも説教を始めます。

『シルバーバーチの霊訓③』
そんな事をしなくてもただひたすら霊力を第一に考えておれば神についての知識と霊的法則の普及のための合流点はいくらでもあります。その事が何より大切です。レンガはあくまでレンガです。建築物はあくまで建築物にすぎません。そんなものを崇拝してはいけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
忠誠をささげるべきものは宇宙の大霊すなわち神とその永遠不変の摂理です。その事を知った者はその真理の炎を絶やさぬよう努力し、向うべき方角も分らずに迷っている人々にいつでも希望と慰めと啓示を与えてあげられるようになる事が勤めです。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなた方の世界は暗黒に満ちております。人生疲れ生きる意欲を失い困惑している人、慰めのひとこと、一片の真理を渇望している人々が大勢おります。あなた方による緊急の援助を必要としております。

『シルバーバーチの霊訓③』
そういう人々のためにあなた方は一刻を惜しんで真理の普及のために努力すべきです。その人たちにとって霊的真理が人生の全てを建て直す盤石の土台となる事でしょう。

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9章 人間的思念と霊的思念

『シルバーバーチの霊訓③』
【英国フリート街に立並ぶ新聞社の一つの主筆でスピリチュアリズムにも興味をもつジャーナリストが、ある日の交霊会で思念とインスピレーションの違いについて質問した。それについてシルバーバーチはこう答えた】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―物質の世界に住んでおられるあなた方は極めて創造性の乏しい存在です。よくよくの例外を除いて、まず何も創造していないと言ってよろしい。受信局であると同時に発信局のような存在です。まず外部から思念が送られてくる。

『シルバーバーチの霊訓③』
それが一たんあなたならあなたという受信局で受止められ、それに何かが付加されて発信され、それを別の人が受信するという具合です。あなたに届いた時の思念と、あなたから発信される時の思念は既に同じではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなたの個性によって波長が高められる事もあり低くなる事もあり、豊かになっている事もあり貧弱になっている事もあり、美しくなっている事もあり醜くなっている事もあり、新たに生命力を付加されている事もあり衰弱している事もあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかしそれとは全く別に霊的な波長の調整によってあなたと同じ波長をもつ霊からのインスピレーションを受ける事もできます。人間が(あなた方の言い方で)死んで私たちの世界へ来ます。その時(肉体は捨てても)精神と魂に宿されているものは何一つ失われません。

『シルバーバーチの霊訓③』
それは霊的であり、無限であり、霊的にして無限なるものは絶対に無くならないからです。その魂と精神に宿された資質はその後も生長し、広がり、発達し、成熟していきます。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうした霊性を宿しているからこそ、こちらへ来てしばらくすると、地上の人間のために何か役に立つ事をしたいと思うようになる訳です。やがて自分と同質の人間を見出します。あるいは見出そうと努力しはじめます。

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『シルバーバーチの霊訓③』
地上で詩人だった人は詩人を探すでしょう。音楽家だった人は音楽家を探すでしょう。そして死後身につけた事の全てを惜しげもなく授けようとします。問題は波長の調整です。インスピレーションが一瞬の出来事でしかないのは私たちの側が悪いのではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
二つの世界の関係を支配している法則が完全に理解されれば―別の言い方をすれば、地上の人間が両界の自由な交信の障害となる偏見や迷信を取除いてくれれば、無限の世界の叡智が人間を通してふんだんに流れ込む事でしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
要は私たちの側から発信するものを受信する装置がなければならない事、そしてその装置がどこまで高い波長の通信を受け取れるかという性能の問題です。全てのインスピレーション、叡智、真理、知識は、人間側の受信能力に掛っております。

『シルバーバーチの霊訓③』
【それだけお聞きしてもまだインスピレーションが一瞬のひらめきで伝わるのかよく理解できません―】その瞬間あなたの波長が整って通信網に反応するからです。【と答えたあと、そういう思念が霊界からのものか地上の人間からのものかの区別の仕方について質問されて】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―両者をはっきりと線引きする事はとても困難です。思念には地上の人間の発したものが地上の他の人間によって受取られる事もありますが、霊界からのものもあります。思念は常に循環しております。そのうちある種のものが同質の性格の人に引寄せられます。

『シルバーバーチの霊訓③』
これはひっきりなしに行われている事です。しかしインスピレーションは霊界の者がある種の共通の性質、関心、あるいは衝動を覚えて、自分が既に成就したものを地上の人間に伝えようとする、はっきりとした目的意識をもった行為です。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上の音楽、詩、小説、絵画の多くは実質的には霊界で創作されたものです。【祈りは叶えられるものでしょうか―】叶えられる時もあります。祈りの中身と動機次第です。人間はとかく、そんな要求を叶えてあげたら本人の進歩の妨げになる、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―あるいは人生観をぶち壊してしまいかねない祈りをします。そもそも祈りとは人間が何かを要求してそれをわれわれが聞き、会議を開いて検討してイエスとかノーとかの返事を出すのとは違います。

『シルバーバーチの霊訓③』
祈るという事は、叶えられるべき要求が自動的に授かるような条件を整えるために自分自身の波長を高めて、少しでも高い界層との霊的な交わりを求める行為です。

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『シルバーバーチの霊訓③』
【“天才”をどう説明されますか―】まず理解して頂きたいのは大自然あるいは法則―どう呼ばれても構いませんが―は決して一本の真直ぐな線のように向上するようには出来ていない事です。様々なバリエーション、サイクル、あるいはスパイラルを画きながら進化しています。

『シルバーバーチの霊訓③』
全体から見ればアメーバから霊にいたる段階的進化がハッキリしておりますが、その中にあって時に一足跳びに進化する者と後退する者とが出てきます。先駆けと後戻りが常にあります。天才はその“先駆け”に当ります。

『シルバーバーチの霊訓③』
これから何十世紀、何百世紀かのちには地上の全人類が、程度の差こそあれ今の天才と同じ段階まで発達します。天才は言わば人類の進化の前衛です。【現在地上で行われている進化論とだいぶ違うようですが―】私の見解はどうしても地上の説とは違ってきます。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊の目をもって眺めるからです。地上的な視野で見ていないからです。皆さん方はどうしても物的観点から問題を考察せざるを得ません。物的世界に生活し食糧だの衣服だの住居だのといった物的問題を抱えておられるからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうした日々の生活の本質そのものが、その身を置いている物的世界へ関心を向けさせるようになっているのです。日常の問題を永遠の視点から考えろと言われても、それは容易にできる事ではありません。が私たちから見ればあなた方も同じく霊的存在なのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
いつ果てるともない進化の道を歩む巡礼者である点は同じです。今生活しておられるこの地上が永遠の住処でない事は明白です。これから先の永遠の道程を思えば地上生活などはほんの一瞬の出来事でしかありません。私たちの視界は焦点が広いのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんから受ける質問も霊的真理に照らしてお答えしております。その真理が人間生活においてどんな価値をもつか、どうやって他の同胞へ役立てるべきか、どんな役に立つか、そう考えながらです。

『シルバーバーチの霊訓③』
これまで私は私の説く真理は単純素朴なものである事、唯一の宗教は人のために自分を役立てる事であると皆さんもいい加減うんざりなさるのではないかと思うほど繰返し述べてきました。私たちの真理の捉え方が地上の常識と違う以上そうせざるを得ないからです。

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
大半の人間は地上だけが人間の住む世界だと考えています。現在の生活が人間生活の全てであると思い込み、そこで物的なものを―いずれは残して死んでいかねばならないものなのに―せっせと蓄積しようとします。

『シルバーバーチの霊訓③』
戦争、流血、悲劇、病気の数々も元はと言えば人間が今その時点において立派に霊的存在である事、つまり人間は肉体のみの存在ではないという生命の神秘を知らない人が多すぎるからです。人間は肉体を通して自我を表現しているスピリットなのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
それが地上という物質の世界での生活を通して魂を成長させ発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えるのです。【シルバーバーチの言葉がキッカケでメンバーの間で“進化”についての議論に花が咲いた。それを聞いて次のように述べた】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―人間は全て宇宙の大霊の一部である―言いかえれば無限の創造活動の一翼を担っているという事です。一人一人がその一分子として進化の法則の働きを決定づけているという事です。霊としての進化を発揮していく階梯の一部を構成しているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊は自我意識が発現しはじめた瞬間から存在し、その時点から霊的進化が始まったのです。身体的に見れば人類は、事実上、進化の頂点に達しました。が、霊的にはまだまだ先は延々と続きます。

『シルバーバーチの霊訓③』
【別の交霊会に世界的に有名な小説家が出席した(姓名は紹介されていない。手がかりも出てこない―訳者)シルバーバーチが出る前に地上で世界的に有名だった人物で今ではシルバーバーチ霊団のメンバーとして活躍している複数の霊がバーバネルの口を借りて挨拶し】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―【それに応えてサークルメンバーが挨拶している様子を見つめていた。(訳者注―シルバーバーチ霊団はシルバーバーチ自身がそうであるように地上時代の氏名は―無名だった人物を除いて―いっさい明かしていない。余計な先入観となるからであろう)】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―【その作家に対してシルバーバーチは「私にはあなたが今日はじめての人とは思えません。実質的に霊力に無縁の方ではないからです」とまず述べてから、こう続けた―】あなたの場合は意識的に霊力を使っておられるのではありません。

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
あなたご自身の内部で表現を求める叫び、使ってほしがる単語、言語で包んでほしがるアイデア、湧き出てあなたを包み込もうとする美、時として困惑させられる不思議な世界、そうしたものが存在する事を知っている人間の持つ内的な天賦の才能です。違いますか。―

『シルバーバーチの霊訓③』
―【全くおっしゃる通りです―】しかし同時に、これは多くの方に申上げている事ですが、ふと思いに耽り、人生の背後で動めいているものに思いを馳せ、いかにして、なぜ、いずこへ、といった避け難い人生の問題に対する回答を自ら問うた時、―

『シルバーバーチの霊訓③』
宿命的といえる経緯によって道が開けてきました。幼少の頃からそうであったはずですが、いかがですか。【その通りです―】私たちは方法は何であれ自分の住む世の中を豊かにし、美と喜びで満たし、いかなる形にせよ慰めをもたらす人を誇りをもって歓迎いたします。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかしあなたにはこれまでなさった事より遥かに立派な事がお出来になります。お判りでしょうか。【ぜひ知りたいものです―】でも何となくお感じになっておられるのではありませんか。【(力強い口調で)感じています】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―【ここでシルバーバーチがサークルの一人に向って「この方は霊能をお持ちです」と言うとそのメンバーも「そうですね、心霊眼をお持ちです」と答えた。するとシルバーバーチは―】しかしこの方の霊能はまだ鍛練されておりません。純粋に生まれつきのものです。―

『シルバーバーチの霊訓③』
―(と述べてからその作家の方を向いて)あなたは影から指導している(複数の)霊の存在をご存知でない。あなたが感じておられるより遥かに多く援助してくれているのですよ。【すると別のメンバーが「この方がこれからなさるべき事は何でしょう」と尋ねた】―

『シルバーバーチの霊訓③』
―それは、これまでなさった事より遥かに大きな仕事です。そのうち自然に発展していきます。が既にその雰囲気がこの方の存在に充満していますから、ご自分では気づいておられるはずです。

『シルバーバーチの霊訓③』
じっとしていられない事があるはずです。私の言わんとしている事はお判りでしょ?(と言ってその作家の方を向いた)【非常によく分ります―】

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
次の事をよく理解して下さい。他の全ての人間と同様あなたにも小さな身体に大きな魂を宿しておられるという事です。どうもぎこちない大ざっぱな言い方ですがあなたという存在は肉体という魂の媒体として痛ましいほど不適当な身体を通して表現せざるを得ないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
あなたの真の自我、実在、不滅の存在であるところの魂に宿る全能力―芸術的素質、霊的能力、知的能力の全てを顕現させるにつれて、それだけ身体による束縛から逃れることになります。

『シルバーバーチの霊訓③』
魂そのものは本来は物質を超越した存在ですから、たとえ一時的には物質の中に閉じ込められても、そのうち鍛練や養成をしなくても無意識のうちに物質を征服して優位を得ようとあらゆる手段を試みるようになります。それが今まさにあなたの身の上に起きつつある訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
インスピレーション、精神的活動、目に見えない側面の全てが一気に束縛を押し破り、あなたの存在に流入し、充満し、あなたはそれに抗し切れなくなっておられる。私の言っている事がお分りでしょうね。【非常によく分ります―】

『シルバーバーチの霊訓③』
しかし同時にあなたは私たちの世界の存在によって援助されております。既に肉体の束縛から解放された人たちです。その人たちは情愛によってあなたと結ばれております。愛こそ宇宙最大の絆なのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
愛は自然の成り行きで愛する者同士を結びつけ、いかなる者もいかなる力もいかなるエネルギーも、その愛を裂く事はできません。

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『シルバーバーチの霊訓③』
愛がもたらす事のできる豊かさと温もりの全てを携えてあなたを愛している人たちは、肉体に宿るあなた自身には理解できない範囲であなたのためにいろいろと援助してくれております。

『シルバーバーチの霊訓③』
が、それとは別に、そうした情愛、血縁、家族の絆で結ばれた人々よりは霊性において遥かに偉大な霊が、共通の興味と共通の目的意識ゆえに魅かれて、あなたのために働いてくれております。

『シルバーバーチの霊訓③』
今ここで簡単には説明できないほど援助してきており、こののち、もしその条件が整えば存在をあなたに知らしめる事にもなるでしょう。【ぜひ知らせてほしいものです。それと、こうした背後霊の皆さんに私からの感謝の気持を伝えて頂けますでしょうか―】

『シルバーバーチの霊訓③』
もう聞こえてますよ。今日私があなたにぜひ残していきたいのは、あなたの周りに存在する霊力の身近さの認識です。私は古い霊です。私にも為しうる仕事がある事を知り僅かですが私が摂取した知識が地上の人々のお役に立てばと思ってこうして戻ってまいりました。

『シルバーバーチの霊訓③』
既に大勢の友―その知識を広めるために私の手足となってくれる同僚を沢山見つけております。私の大の友人パリッシュ(心霊治療家で、その日の交霊会にも出席していた)のように特殊な任務を帯び、犠牲と奉仕の記念碑を打ち立てている者もいます。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかし全ての友が自分が利用されている事を意識している訳ではありません。でもそんな人たちでも時たま、ホンの瞬間にすぎませんが何とも言えない内的な高揚を覚え、何か崇高な目的の成就のために自分も一翼を担っている事を自覚する事があるものです。

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11章 霊と意識の起原

『シルバーバーチの霊訓③』
【霊の力とはどんなものでしょうか―】人間によって認識されている如何なる“ものさし”にもかからないものです。長さもなく幅もなく高さもなく重さも色も容積も味も臭いもありません。ですから常識的な地上の計量法でいけば霊力というものは存在しない事になります。

『シルバーバーチの霊訓③』
つまり実在とは人間のお粗末な五つの感覚で捉えられるものと決めてかかっている唯物的自然科学者にとっては霊力は存在しない事になります。しかし愛は目に見えず耳にも聞こえず色もなく味もなく寸法もないのに立派に実感があります。

『シルバーバーチの霊訓③』
それは深い愛の感動を体験した者が証言してくれます。確かに愛の力は強烈です。しかし霊の力はそれよりも無限大に強烈です。あなた方が生き、呼吸し、考え、反省し、判断し、決断を下し、あれこれと思いをめぐらすのも霊の力があればこそです。

『シルバーバーチの霊訓③』
物を見、音を聞き、動き回り、考え、言葉をしゃべるのも霊の力があればこそです。あなた方の行動の全て、あなた方の存在の全ては霊の力のおかげです。物質界の全て、そしてその肉体も、生命力にあふれた霊力の流入によって存在と目的と指針と生活を与えられているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
物質界のどこを探しても意識の秘密は見つかりません。科学者、化学者、医学者がいくら努力してみたところで生命の根源は解明されません。それは物質そのものの中には存在しないからです。物質はそれが一時的に借りている宿にすぎません。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊の力はあなた方が神と呼んでいるものそのものなのです。最も“神”というものを正しく理解して頂けないかも知れませんし、誤解してその意を限定してしまっておられるかも知れません。

『シルバーバーチの霊訓③』
ともかくその霊力がかつて火の固まりであったものに今日見るが如き生命を吹き込んだのです。その霊が土塊から身体をこしらえてそれに生命を吹き込んだのです。魂がまとう衣服です。

肉体が太陽光線や食物によって形成されるように、地上生活における行為、言葉、思念が一定の波長の幽体を形成し、死後その波長に合った境涯へと自然に引かれて行きます。その境涯にいるのはあなたと同じレベルの霊性の者ばかりです。自分の未来を良くするも悪くするも自分次第、全て自己責任です(祈)

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
地上のあらゆる生命を創造し、自然界のあらゆる動き、あらゆる変化を支配し、四季を調節し、一粒の種子、一本の植物、一輪の花、一本の樹木の生長まで関与している力、要するに千変万化の進化の機構に全責任を負っているのが霊の力です。

『シルバーバーチの霊訓③』
それが強大であるゆえんは物質界に限られていない事にあります。すなわち無数の物的現象を通じて絶え間なく働いているだけでなく見えざる世界の霊的活動の全て、今のあなた方には到底その存在を知る事のできない幾重にもつながった高い界層、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―そしてそこで展開するこれまたあなた方の想像を絶した光輝あふれる生命現象までも、その霊力が支配しているのです。しかしいかに強大であっても、あるいはまたいかにその活動が驚異的であるといっても、それにも制約があります。

『シルバーバーチの霊訓③』
即ちそれが顕現するにはそれに適した器、道具、媒体、通路、霊媒―どうお呼びになっても構いません―そうしたものがなければならないという事です。壮大な霊の流れも道具による制約を受けるのです。地上にどの程度のものが流れ込むかは人間側が決定づけるという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
私がいつも心配の念を追払いなさい、自信を持ちなさい、堅忍不抜の精神で生きなさい、神は絶対にお見捨てにならないからと申上げてきたのはそうした雰囲気、条件のもとでこそ霊力が働きやすいからです。地上的な力はいつか衰え、朽ちます。人間が築く王国は儚いものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
今日は高い地位にいても明日は転落するかも知れません。しかし霊の王国は決して滅びる事はありません。霊の尊厳は不変です。神の力は決して衰えません。しかしその働きの程度を決定づけるのはあなた方であり、現に決定づけております。

『シルバーバーチの霊訓③』
スピリチュアリズムを少しばかりかじった人はよく、なぜ霊界の方からこうしてくれないのか、ああしてくれないのかと文句を言うようですが実際にはそう言う人ほど霊界からそうしてあげるための条件を整えてくれないものです。

故人を悼むのは断じて間違いです。故人は鈍重極まる肉体牢獄から解放され遥かに精妙な幽質の身体をまとい自由を満喫してるのです。旅立った事を祝ってあげるべきです。臭い煙の出る棒(線香)何万本に火を付けてもあなたの霊性は1ミリも向上しません。日本人の方、そろそろ大切な事を理解しましょう。

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『シルバーバーチの霊訓③』
この苦悩に満ちた世界、暗闇と不安に覆われた世界にあって、どうか皆さんは灯台の光となって頂きたい。あなた方の自信に満ちた生き様を見て人々が近づき、苦悩の最中における憩の場、聖域、波静かな港を発見する事ができるようにしてあげて頂きたい。

『シルバーバーチの霊訓③』
皆さんはそういう人たちの心の嵐を鎮め、魂に静寂を取戻してあげる霊力をお持ちになっています。【霊は“いつ”肉体に宿るのでしょうか―】“霊としての”あなたは無始無終の存在です。

『シルバーバーチの霊訓③』
なぜなら霊は生命を構成するもの“そのもの”であり、生命は霊を構成する“そのもの”だからです。“あなたという存在”は常にありました。生命力そのものである宇宙の大霊の一部である以上、あなたには始まりというものはありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
が、個体としてたと区別された意識ある存在としては、その無始無終の生命の流れの中のどこかで始まりをもつ事になります。受胎作用は精子と卵子とが結合して生命力の一分子が自我を表現するための媒体を提供する事です。生命力はその媒体が与えられるまでは顕現されません。

『シルバーバーチの霊訓③』
それを地上の親が提供してくれる訳です。精子と卵子が合体して新たな結合体を作ると、小さな霊の分子が自然の法則に従ってその結合体と融合し、かくして物質の世界での顕現を開始します。私の考えではその時点が意識の始まりです。

『シルバーバーチの霊訓③』
その瞬間から意識を持つ個体としての生活が始まるのです。それ以後は永遠に個性を具えた存在を維持します。

僕たちが聖書と呼んでいるものは原典のコピーのコピーのコピーです。さらに当時の人間があれこれ書き込んだ本物と偽物の混ぜ物です。原典はあのバチカン宮殿にしまわれて一度も外に出された事はありません。真理と神話の混ぜ物よりシルバーバーチを始めとした霊関連書籍で正しい知識を得ましょう(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
【何の罪もないのに無邪気な赤ん坊が遺伝性疾患や性病その他の病を背負ってこの世に生まれてきます。これは公平とは思えません。子供には何の罪もないのですから。この問題をどうお考えでしょうか―】不公平を口にされるのは問題を肉体の問題としてだけ、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―つまり物質界のみの問題としてお考えになり、無限の生命の観点からお考えにならないからです。霊そのものは性病なんかには罹りません。霊は不具になったり奇形になったりはしません。両親の遺伝的特質や後天的性格を受継ぐ事はありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
それは霊が自我を表現する媒体であるところの肉体に影響を及ぼす事はあっても霊そのものを変える事はありません。確かに地上的観点から、つまり物質的観点からのみ人生を見れば病弱な身体を持って生まれた人は健全な身体を持って生まれた人よりも、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―物的には不幸の要素が多いと言えますが、その意見は霊には当てはまりません。身体が病的だから霊も気の毒で、身体が健全だから霊も豊かであるという方程式は成り立ちません。

『シルバーバーチの霊訓③』
実際にはむしろ宿命的な進化のための備えとして多くの痛みや苦しみを味わう事によって霊が豊かになるという事の方が正しいのです。【ではこの世をより良くしようとする衝動はどこから出て来るのでしょうか―】

『シルバーバーチの霊訓③』
帰するところ神がその無限の創造事業への参加者としての人間に与えた自由意志から出ています。【物的な苦痛によって霊が進歩するのであれば何故その苦痛を無くする必要があるのでしょうか―】私はそのような説き方はしておりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
私がその事実を引合いに出したのは人生には寸分の狂いもなしに埋合せの原理が働いている事を指摘するためです。ここに二人の人間がいて一人は五体満足でもう一人はどこかに障害があるとした場合、後者は死後も永遠にその障害を抱えていく訳ではないと言っているのです。

自分でやると言った以上やりますが、この使命遂行、いつまで続きますか。いつまでこの環境に留まってテキスト撃ちまくればいいですか。この試練…壮絶です。本音は短い期間の方がいいです。しかしさらにさらに撃ち続ける事がイエス様、守護霊様のご意志なら…な、な、何とかやってみます…(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
要するに肉体の健康状態がそのまま霊の状態を表すのではない事をお教えしようとしているまでです。霊には霊としての辿るべき進化の道程があります。その霊がいかなる身体に宿っても必ず埋合せと償いの法則が付いてまわります。

『シルバーバーチの霊訓③』
【でもやはり身体は何の障害もない状態で生まれるのが望ましいのではないでしょうか―】もちろんです。(同じ意味で)地上にスラム街が無い方が良いに決まっています。しかしそのスラム街をこしらえるのも地上天国をこしらえるのも結局は同じ自由意志の問題に帰着します。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間に自由意志がある以上、それを正しく使う事もあれば過って使う事があるのは当然です。【でも不幸が霊のためになると知ったら地上をより良くしようとする意欲を殺がれる人もいるのではないでしょうか―】地上の出来事で埋合せのないものは何一つありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
もし神の働きが妨害されて当然報われるべき行為が報われずに終る事があるとすれば、これは神の公正を嘲笑う深刻な事態となります。

『シルバーバーチの霊訓③』
私が指摘しているのは埋合せの原理が厳として存在する事、そして進化の法則に逆らった行為を犯しながら神の摂理とは別の結果が出るようにいくら望んでみたところで、神の計画は少しもごまかされないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかし同時に次の事実も知っておく必要があります。即ち、例え現代の地上の不幸の原因がすっかり取除かれたとしても人間はまた自らの自由意志によって自らの複雑な文明の中からさらに新たな不幸を生じさせる原因を生み出していくという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
所詮、人生は完全へ向けての無限の階段の連続です。一段一段、自らの力で向上して行かねばなりません。しかもいつかは最後の一段に辿り着くと思ってはいけません。(訳者注―質問と答に少しズレが見られるが、この後もう一度同じ内容の質問が出る)

悪魔は人間が発明したものであり、存在しません。良い事は神のもので悪い事は悪魔のもの、ではなく良い事も悪い事も神のものなんです。悲哀、苦悩、試練が降ってきてもそれは罰ではなく神から与えられたものなんです。それを乗越えてこそ霊界で素敵な境涯に辿り着く資格を得る事ができるのです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
【肉体の病気は霊的な進化を促進するかも知れませんが同時にその逆も有得る、つまり性格を損ねる事もあるでしょう―】損ねる事もありますし損ねない事もあります。どちらのケースもあります。病気になるのは摂理に反した事をするからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【ではあなたは“病気”または“病気に相当するもの”は絶対不可欠のものとおっしゃる訳ですね―】いえ私は病気にそうとうするものとは言っておりません。何らかの“苦”に相当するものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間に自由意志がある以上、選択の仕方によって楽しい体験となったり苦しい体験となったりするのは当然でしょう。【それは分ります。苦しみを味わわなければ幸福も味わえないからです―】

『シルバーバーチの霊訓③』
【―が、どうも私には、もしあなたがおっしゃるように、こういう事があれば必ずこういう埋合せがあるというのが事実であれば、世の中を良くしようとして努力する必要はなさそうに思えるのですが…】人間に選択の自由があるのに他にどうあって欲しいとおっしゃるのですか。

『シルバーバーチの霊訓③』
【私はこの度の戦争の事はさて措いて今日の世界は三百年前よりはずっと幸せな世の中になっていると思うのです。世界中の殆どの国が戦争はあっても、やはり幸せな世の中となっております―】おっしゃる通りですが、それが私の言う事とどう矛盾するのでしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
【我々人間は(取り立てて人のためと説かれなくても)常に世の中を良くしてきているという事です―】でもそれは世の中を良くしたいという願望に燃えた人がいたからこそですよ。魂に宿された神性が自然な発露を求めた人たちです。神の一部だからこそです。

『シルバーバーチの霊訓③』
仮に今日要求した事が明日、法の改正によって叶えられても明日はまた不満が出ます。進化を求めてじっとしていられない魂が不満を覚えるのです。それは自然の成行きです。魂が無意識のうちにより完全へ近づこうとするからです。

皆さん、地上のどんな学問、思想より何より何より大切な霊的知識を得ましょう。向うの事は向うへ行ってから、では遅いのです。今すぐ学べる教材は揃っているのです。殆どの人間が霊的知識に全くの無知で他界し、下層界は無知な霊で一杯なのです。僕たちはそうならないよう学ばねばなりません(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
今日の地上の不幸はその大半が自由意志による選択を間違えた事に起因しています。それには必ず照合がなされ、さらに再照合がなされます。そうする事で進歩したり退歩したりします。そうした進歩と退歩の繰返しの中にも少しずつ向上進化がなされております。

『シルバーバーチの霊訓③』
先んずる者もあれば後れを取る者もあります。先を行っている者が遅れている者の手をとって引き上げてやり、遅れている者が先を行き過ぎている者にとって適当な抑制装置となったりしています。そうやって絶え間なく完成へ向けての努力が為されている訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
が、その間の人生のあらゆる悲劇や不幸には必ず埋合せの原理が働いている事を忘れてはなりません。【改めるべき事が山ほどありますね―】あなた方は自由主義を誇りにしておられますが現実には少しも自由とはいえない人々が無数におります。有色人種をご覧なさい。

『シルバーバーチの霊訓③』
世界中のどの国よりも寛容心を大切にしているあなた方の国においてすら劣等民族としての扱いを受けております。私がいつも、これで良いと思ってはいけない、と申上げる理由はそこにあります。世の中はいくらでも明るく、清らかに、そしていくらでも幸せになるものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【葛藤や苦悩が霊的進化にとって不可欠なら、それは霊界においても必要なのではないでしょうか。なのにあなたはそちらには悪と邪の要素が無いようにおっしゃってます―】ご質問者は私の申上げた事を正しく理解していらっしゃらないようです。

『シルバーバーチの霊訓③』
私は邪と悪には二種類ある―この“悪”という言葉は嫌いなのですが―即ち既得権に安住している利己主義者によって生み出されているものと、人類の未熟さから生まれるものとがあると申上げたつもりです。私たちの世界には邪悪なものは存在しません。

『シルバーバーチの霊訓③』
もちろん死後の世界でもずっと低い界層へ行けば霊性があまりに貧弱で環境の美を増すようなものを何も持ち合わせない者の住む世界があります。が、そうした侘しい世界を例外として、こちらの世界には邪悪なものは存在しません。

『シルバーバーチの霊訓③』
邪悪なものを生み出す原因となるものが取除かれているからです。そして各自が霊的発達と成長と進化にとって、適切かつ必要な事に心ゆくまで従事しております。

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『シルバーバーチの霊訓③』
葛藤や苦悩はいつになっても絶える事はありません。最もその意味が問題ですが…地上では人間を支配しようとする二つの力の間で絶え間ない葛藤があります。

『シルバーバーチの霊訓③』
一つは動物的先祖とでもいうべきもの、つまり身体的進化に属する獣的性質と、神性を帯びた霊、つまり無限の創造の可能性を賦与してくれた神の息吹です。その両者のどちらが優位を占め維持するかは地上生活での絶え間ない葛藤の中で自由意志によって選択する事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たちの世界へ来てからも葛藤はあります。それは低い霊性の欠点を克服し、高い霊性を発揮しようとする絶え間ない努力という意味です。完全へ向けての努力、光明へ向けての努力という訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
その奮闘の中で不純なものが捨て去られ、強化と精錬と試練を経てようやく霊の純金が姿を現します。私たちの世界にも悩みはあります。しかしそれは魂が自分の進歩に不満を覚えた事の表れであって、ほんの一時の事にすぎません。

『シルバーバーチの霊訓③』
完成へ向けての長い行進の中での短い調整期間のようなものです。【でも葛藤と進歩、それに努力の必要性は常にある訳でしょう―】おっしゃる通りです。だからこそ私は先程言葉の解釈の仕方が問題だと申上げたのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
自然界の常として、より高いものがより低いものを無くそうとします。それは当然の事で、そうでなかったら進化というものが真実でなくなります。人間は低い段階から高い段階へむけて成長しようとする進化性をもった存在です。

『シルバーバーチの霊訓③』
進化するためには光明へ向けての絶え間ない葛藤がなければなりません。その場合の葛藤は成長のための必須の過程の一つである訳です。

『シルバーバーチの霊訓③』
先程私が言いたかったのは地上には不必要な葛藤、無益な努力が多すぎるという事です。それは自由意志の使用を過って薄汚い知恵、病気、スラム街といったあってはならない環境を生み、それが霊界からの働きかけをますます困難にしているのです。

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12章 神とは

『シルバーバーチの霊訓③』
【ある日、交霊会が始まる前にメンバーの間でキリスト教についての議論があり、その中でキリスト教の牧師には神とは何かの説明ができる人がいない事が指摘された。やがて出現したシルバーバーチは冒頭の祈りの中で神の説明をした―】

『シルバーバーチの霊訓③』
【―それは明らかにメンバーの議論を踏まえたものだった(訳者注―シルバーバーチには冒頭の祈りInvocationと終結の祈りBenedictionとがある。前者は会の成功のための神の御加護を求めるものであり、後者は感謝と讃仰の祈りである)】

『シルバーバーチの祈り③』
神よ、あなたは一体どなたに御し、いかなるお方に御すのでしょうか。いかなる属性をお具えなのでしょうか。私たち(霊界の者)はあなたを完璧なる摂理の働きであると説いております。

『シルバーバーチの祈り③』
たとえば宇宙に目を向けさせ、その構想の完璧さ、その組織の完璧さ、その経綸の完璧さを指摘いたします。そしてその完璧な宇宙の姿こそあなたの御業の鑑であり、あなたこそ宇宙の全生命を創造し給いし無限の心であると説いております。私たちには自然界の一つ一つの相、―

『シルバーバーチの祈り③』
一つ一つの生命、一つ一つの草花、一つ一つのせせらぎ、小川、海、大洋、一つ一つの丘そして山、一つ一つの恒星と惑星、一つ一つの動物、一人一人の人間の目に向けさせ、その全てがあなたの無限なる根源的摂理によって規制され支配されていると説きます。

『シルバーバーチの祈り③』
私たちは宇宙間の全ての現象がその根源的摂理から派生したさまざまな次元での一連の法則によって支配され、かくしてその働きの完璧性が保たれているのであると認識している者でございます。そのあなたには特別の寵愛者など一人もいない事を信じます。

『シルバーバーチの祈り③』
不偏不党であられると信じます。あなたの事を独裁者的で嫉妬心をもつ残忍なる暴君の如く画いてきたこれまでの概念は誤りであると信じます。なぜならそのような人間的属性は無限なる神の概念にそぐわぬからでございます。

「霊界に於いては、神ならぬ人間を“主人”と言ってはなりません」このイエスの放った一撃は大祭司アンナスの顔を素手で殴りつけるよりも大きな衝撃を与えた。「神ならぬ人間を主人と言ってはならぬ、とな!こんな単純な事が果たして本当なのだろうか」と呻く様に呟いた。―【イエスの少年時代】より

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『シルバーバーチの祈り③』
これまで私たちは地上とは別個の世界においても同じあなたの摂理の働きを見出し、そしてそれがいついかなる時も寸分の狂いもない事を確認したが故にこそ、その摂理とそれを生み出された心に満腔の敬意を捧げ、その働きの全て―

『シルバーバーチの祈り③』
―物的、精神的、そして霊的な働きの全てを説き明かさんと努めております。なかんずく霊的なものを最も重要なものとして説くものです。なぜなら全ての実在、全ての生命の根源は霊的世界にあるからでございます。

『シルバーバーチの祈り③』
あなたの子等の全てがあなたの摂理を理解し、その摂理に従って生活を営むようになれば、全ての悲劇、暗黒、苦悩、残虐行為、憎悪、戦争、流血行為が地上から駆逐され、人間は平和と親善と愛の中で暮らす事になるものと信じます。

『シルバーバーチの祈り③』
ここに、ひたすら人のために役立つ事をのみ願うあなたの僕インディアンの祈りを―無意味な文句の繰り返しでなく、真理と叡智と光と理解力と寛容の心を広げる手段(人間)を一人でも多く見出したいとの願いとして―捧げ奉ります。

『シルバーバーチの霊訓③』
【この祈りのあとシルバーバーチ自らがその内容について次のように説明した―】この祈りには宇宙についての、地上の人間に理解できる限りの理性的かつ合理的説明が含まれております。

『シルバーバーチの霊訓③』
人類が暗闇の生活を余儀なくさせられているのは、一方には自ら真理に対して目を閉じたがる者が多く、また一方には既得の特権を死守せんとする者が多いからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
全ての戦争は人間が摂理に背いた生き方をする事、一個の人間、一つの団体、一つの国家が誤った思想から、貪欲から、あるいは権勢欲から、支配欲から、神の摂理を無視した行為に出る事から生じるのです。

物質は幻影です。放っておけばチリと化して地球の一部に帰ります。物質を必要以上に追い求めるのは間違いです。何より大切なのは魂の成長です。死後霊界へ持ち帰れるのは心だけだからです。どんな想い出の詰まった物品でも物質は物質、心に刻まれた想い出そのものの方がはるかに大切なのです(祈)

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
直接の原因が何であれ全ては宇宙の霊的法則についての無知に帰着します。全ての者が霊的知識を具えた世界に独裁的支配はありません。一人の人間が一国を支配する事が不可能な組織となるからです。全ての者が霊的知識を具えた世界に流血はありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
争いの起こり得ない体制となるからです。我々の仕事はその霊的知識を広める事です。真実の意味での伝道者なのです。伝道の意味が今日の世の中では歪められてしまいましたが、真実の意味は真理または知識を広める事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
私たち霊団は今あなた方の世界で仕事をしておりますが本来は別の世界の者です。あなた方よりは一歩、二歩、もしかしたら三歩ほど先を進んでいるかも知れません。これまで幾つかの大自然の摂理を学んできました。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうして知った事は、この世に奇跡はなく、神の特別の寵愛者もなく、選ばれし民もなく、唯一の神の子もいないという事です。あるのはただ法則のみだという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
宇宙がいかに巨大にして荘厳であるとは言え全てが絶対的法則によって支配されている事を知ったからこそ、こうしてその法則をお教えしようと努力している訳です。その法則とは、原因には必ずそれ相当の結果が伴うという事です。自分が蒔いた種は自分で刈取るという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
所詮はごまかす事ができない―なぜなら自分の言動がその性格と成長具合に消そうにも消せない印象を刻み込むからです。こうした真理を土台として真の宗教を築かねばなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
大主教の宮殿で何を説こうと、大聖堂で何を説こうと、寺院、教会堂、礼拝堂、その他、世界中いかなるところで何を説こうと、それが今述べた単純な基本的真理と矛盾したものであれば、それは誤りです。極めて簡単な真理なのです。

☆03sat

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
人生を霊的摂理が支配している事、お互いが扶け合う事が一番大切である事、それが霊を成長させ、性格を形成し、死後に待受ける新しい生活に霊的な備えを与える事になる―ただそれだけなのです。何も知らない人たちを光明から顔を背けさせ、カビの生えたドグマを信じさせ、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―今日の世でも受けられる霊的啓示を無視させ、遠い薄暗い過去のインスピレーションの残骸に目を向けさせようとする既成組織を私たちが非難するのは、そうした本来私たちと手を取り合うべき人たち、本来宗教を説くべき立場にある人々が私たちの敵の側に回っているからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間として非難するつもりはありません。彼らの多くは彼らなりに正しいと思う事に携わっているのです。真面目な徒であり、困難な状況の中で最善を尽しております。私たちが非難するのはその組織です。

『シルバーバーチの霊訓③』
真理を知る可能性がありながら虚偽に縛りつけ、光明を見出すチャンスがありながら暗闇の中に閉じ込めておこうとする組織です。これ以上簡単な教えが一体どこにあるでしょうか。地上は今まさに大戦の真っ只中にあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
世界中に悲劇と苦悩が満ち、数知れぬ人々が慰めを求め、すがるべき杖を探し、神が存在する事、我が子の苦しみに無関心ではいられないはずの親が存在するその証を求めております。牧師のもとへ行っても相も変らず古い教説に少しばかり現代風な味を加えて説くばかりです。

『シルバーバーチの霊訓③』
そしてすぐに“聖なる書”を引用します。国によって大小さまざまな体裁をしていても、中身は同じ古い言葉ばかりです。うんざりするようなお決まりの教説を聞かされるだけです。霊的実在が存在する事を証するものは何一つ持ち合わせていません。

『シルバーバーチの霊訓③』
彼らが説く信仰は彼ら自らが心の奥では信じ切れなくなっているものです。自分が自信を持てないでいて、どうして他人に確信が与えられましょう。いわゆる“あの世”について自ら疑問符をつけている者が、どうして肉親に先立たれた人たちを慰めてあげられましょう。

☆04sat

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
先の事を何も知らない者が、どうして魂の飢えた、心の満たされない、さ迷える人々を導く事ができるでしょう。ところが真理はすぐ目の前にあるのです。求めさえすれば知識の宝、叡智の泉、真理の光がすぐ身のまわりで待ち受けているのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
宗教が無力なのではない事を彼らは理解していないのです。無力なのは宗教の名を借りた“漫画”なのです。三位一体説が宗教と何の関係があるのでしょう。無原罪懐胎(聖母マリアはその懐胎の瞬間から原罪を免れていた事)が宗教と何の関係があるのでしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
処女降誕が宗教と何の関係があるのでしょう。贖罪説(イエスが全ての罪を背負ってくれるという事)が宗教と何の関係があるのでしょう。こうした説を信じた者は信じない者より少しでも宗教的な人間になるというのでしょうか。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上の人間は肩書きやラベルや名称を崇めるのがお好きです。が、クリスチャンを名のろうと無神論者を名のろうと何の違いもありません。大切なのは実生活において何をするかです。仮にここに宗教など自分には無縁だという人がいるとしましょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
神の名を唱えても頭を下げようとしません。しかし性格は正直で人のためになる事を進んで行い、弱い者に味方し、足の不自由な犬が柵を越えるのさえ手助けしてやり、打ちひしがれた人々の身になって考え、困った人を援助しようと心掛けます。

『シルバーバーチの霊訓③』
もう一人は見たところ実に信心深い人です。あらゆる教義、あらゆる教説を受け入れ、信仰上の礼儀作法には口やかましく気を使います。しかし心の奥に慈悲心はなく、生活の中において何ら人のためになる事をしません。前者の方が後者より遥かに宗教的人物と言えます。

☆01sun

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
【神は完全無欠ですか―】あなたのおっしゃる神が何を意味するかが問題です。私にとって神々は永遠不変にして全知全能の摂理としての宇宙の大霊です。私はその摂理にいかなる不完全さも欠陥も不備も見つけた事がありません。原因と結果の連鎖関係が完璧です。

『シルバーバーチの霊訓③』
この複雑を極めた宇宙の生命活動のあらゆる側面において完璧な配慮が行き渡っております。例えば極大から極微までの無数の形と色と組織をもつ生物が存在し、その一つ一つが完全なメカニズムで生命を維持している事実に目を向けて頂けば、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―神の法則の全構図と全組織がいかに包括的かつ完全であるかを認識されるはずです。私にとって神とは法則であり、法則がすなわち神です。ただ、あなた方は不完全な物質の世界に生活しておられるという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
物質の世界に生きておられる皆さんは、今のところはその物質界すら五つの物的感覚でしか理解できない“限られた”条件下で“限りある”精神を通して自我を表現しておられる訳です。物的身体に宿っている限りは、その五感が周りの出来事を認識する範囲を決定づけます。

『シルバーバーチの霊訓③』
それ故あなた方は完全無欠というものを理解する事自体が不可能なのです。五感に束縛されている限りは神の存在、言いかえれば神の法則の働きを理解する事は不可能です。

『シルバーバーチの霊訓③』
その限界ゆえに法則の働きが不完全に思える事があるかも知れませんが、知識と理解力が増し、より深い叡智をもって同じ問題を眺めれば、それまでの捉え方が間違っていた事に気づきはじめます。物質の世界は進化の途上にあります。その過程の一環として時には静かな、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―時には激動を伴った様々な発展的現象があります。それは地球を形成していくための絶え間ない自然力の作用と反作用の現れです。常に照合と再照合が行われるのです。存在していくための手段としてその二つの作用は欠かせない要素です。それは実に複雑です。

☆02sun

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
【神は完全だとおっしゃいましたが我々人間が不完全であれば神も不完全という事になりませんか―】そうではありません。あなた方は完全性を具えた種子を宿しているという事です。その完全性を発揮するための完全な表現器官を具えるまでは完全にはなり得ないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
現在のところではその表現器官が極めて不完全です。進化して完全な表現器官、すなわち完全な霊体を具えるに至れば完全性を発揮できるようになりますが、それには無限の時を要します。

『シルバーバーチの霊訓③』
【という事は神の全ての部分が完全の段階に至るのにも無限の時を要するという事でしょうか―】違います。神は常に完全です。ただ現在物質の世界に人間という形態で顕現されている部分の表現が不完全だという事です。それが完全な表現を求めて努力しているという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【それを譬えて言えば、ある正しい概念があって、それが人間によって間違って理解され使用されているようなものでしょうか―】その通りです。しかしそれも一歩ずつではあっても絶えず理想へ近づいて行かねばなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
完全は存在します。それを私は、あなた方は本当の自分のほんの一かけらほどしか表現していないと申上げるのです。もし現在のその身体を通して表現されている人かけらだけであなたを判断したら、極めて不当な結論しか出てこないでしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
が、それは本当のあなたの一部分にすぎません。もっと大きなあなた、もっと大きな意識が存在し、それが今もあなたとつながっているのです。ただそれは、それに相応しい表現器官が与えられないと発揮されないという事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【お聞きしていると神が一個の存在でなくなっていくように思えます。独立した存在としての神はいるのでしょうか―】真っ白な豪華な玉座に腰掛けた人間の姿をした神はいません。神とは一個の身体を具えた存在ではありません。法則です。

☆03sun

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
【それに心が具わっている訳ですか(ここでは“心”を“精神”と置きかえてもよい―訳者)―】心というものは、あなた方のような身体だけに限られたものではありません。法則を通して働いているものです。心を脳味噌と切り離して考えないといけません。

『シルバーバーチの霊訓③』
意識というものはそのお粗末な脳味噌だけを焦点としているのではありません。意識は脳とは完全に独立した形でも存在します。その小さな脳という器との関連で心の働きを考えるのはやめないといけません。心はそれ自体で存在します。

『シルバーバーチの霊訓③』
しかしそれを自覚するには何らかの表現器官が必要です。そのために人間に幾つかの身体が具わっている訳です(※)身体を具えない状態を想像する事は可能であり、その状態でもあなたは厳として存在しますが、あなたを表現する手段がない事になります。

『シルバーバーチの霊訓③』
(※シルバーバーチは身体の事をbodiesという複数形で用いる事があるが、それが幾つあってどういうものであるという細かい説明はしていない。巻末“解説”参照―訳者)神という存在を人間に説明するのはとても困難です。

『シルバーバーチの霊訓③』
人間には独立した形態を具えた存在としてしか想像できないからです。言語や記号を超越したものを地上の言語で説明しようとするのが、そもそも無理な話です。創造の本質に関わる事なのです。神という存在を“どこか”のある“一点”に焦点を持つ力であるとは言えません。

『シルバーバーチの霊訓③』
そんなものではないのです。神とは完全な心―初めも終りもなく、永遠に働き続ける完璧な摂理です。真っ暗だったところへある日突然光が射し込んだというものではありません。生命は円運動です。始まりも終りもありません。

☆04sun

—–

『シルバーバーチの霊訓③』
【宇宙のすみずみまで神が存在するのと同じように、我々一人一人にも神が宿っているとおっしゃる訳ですか―】私の言う神は、全創造物に顕現されている霊の総体と離れて存在する事はできません。

『シルバーバーチの霊訓③』
残念ながら西洋世界の人は今もって人類の創造をエデンの園(アダムとイブの物語)と似たような概念で想像します。実際はそれとは全く異なるのです。宇宙の進化は無窮の過去から無窮の未来へ向けて延々と続いております。

『シルバーバーチの霊訓③』
かつて何も無かったところへ突如として宇宙が出現したのではありません。宇宙は常にどこかに存在します。生命は何らかの形態で常に顕現してきました。そしてこれからも何らかの形で永遠に存在し続けます。

『シルバーバーチの霊訓③』
【子供には神の事をどう説いて聞かせたらよろしいでしょうか―】説く人自らが全生命の背後で働いている力について明確な認識をもっていれば、それは別に難しい事ではありません。私だったら大自然の仕組の美事な芸術性に目を向けさせます。

『シルバーバーチの霊訓③』
ダイヤモンドの如き夜空の星の数々に目を向けさせます。太陽のあの強烈な輝き、名月のあの幽玄な輝きに目を向けさせます。あたかも囁きかけるようなそよ風、、そしてそれを受けて揺れる松の林に目を向けさせます。

『シルバーバーチの霊訓③』
さらさらと流れるせせらぎと、怒涛の大海原に目を向けさせます。そうした大自然の一つ一つの動きが確固とした目的をもち法則によって支配されている事を指摘いたします。

『シルバーバーチの霊訓③』
そしてさらに人間がこれまで自然界で発見したものは全て法則の枠内に納まる事、自然界の生成発展も法則によって支配され規制されている事、その全体に人間の想像を絶した広大にして入組んだ、それでいて調和した一つのパターンがある事、―

『シルバーバーチの霊訓③』
全宇宙のすみずみに至るまで秩序が行き亘っており、惑星も昆虫も嵐もそよ風も、その他あらゆる生命活動が―いかに現象が複雑を極めていても―その秩序によって経綸されている事を説いて聞かせます。

『シルバーバーチの霊訓③』
そう説いてから私はその背後の力、全てを支えているエネルギー、途方もなく大きい宇宙のパノラマと人間にはまだ知られていない見えざる宇宙までも支配している奇(くしび)な力、それを神と呼ぶのだと結びます。

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13章 質問に答える

『シルバーバーチの霊訓③』
【愛とは何でしょうか―】気が合うというだけの友情、趣味が同じという事から生まれる友愛から、己れを忘れて人の為に尽そうとする崇高な奉仕的精神に至るまで、愛は数多くの形態を取ります。地上では愛Loveという言葉が誤って用いられております。

『シルバーバーチの霊訓③』
愛とは言えないものまで愛だ愛だとさかんに用いる人がいます。ある種の本能の満足でしかないものを愛だと錯覚している人もいます。が私が理解している限りで言えば、愛とは魂の内奥でうごめく霊性の一部で、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―創造主たる神とのつながりを悟った時におのずから湧き出てくる魂の欲求です。最高の愛には一かけらの利己性もありません。すなわちその欲求を満たそうとする活動に何一つ自分のためにという要素がありません。それが最高の人間的な愛です。

『シルバーバーチの霊訓③』
それが人類の啓発を志す人々、困窮する者への救済を志す人々、弱き者への扶助を願う人々、そして人生の喜びを踏みにじる既得権力との闘いを挑む人々の魂を鼓舞してきました。

『シルバーバーチの霊訓③』
母国において、あるいは他国へ赴いて、そうした愛他的動機から人類の向上のために、言い変えれば内部に秘めた無限の可能性を悟らせるために尽力する人は、愛を最高の形で表現している人です。その表現形態にも様々な段階(ランク)があります。

『シルバーバーチの霊訓③』
愛の対象に対する働きかけという点では同じであっても自ずから程度の差があります。最も程度の低い愛、狭隘で好意を覚える者だけを庇いそして援助し、見知らぬ者には一かけらの哀れみも同情も慈悲も感じない者もいます。しかし宇宙には神の愛が行き渡っております。

『シルバーバーチの霊訓③』
その愛が天体の運行を定め、その愛が進化を規制し、その愛が恵みを与え、その愛が高級霊の魂を鼓舞し、それまでに成就したもの全部をお預けにして、この冷たく薄暗い魅力に乏しい地上へ戻って人類の救済に当らせているのです。

霊界では「思念速度」で瞬時に移動できます。最もそこまで霊格が高まればの話ですが。あそこに行きたい、そう思った瞬間、もうそこにいるのです。それが霊界の移動手段なのです。なので僕はアスファルトの上を渋滞に紛れながらノロノロ移動するのが大嫌いなのです。早く思念の世界に行きたいです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
【自分の思念には全て自分が責任を取らねばならないのでしょうか―】(精神障害などがある場合は別として)一般に正常と見なされている状態においては自分の言動に全責任を負わねばなりません。これは厳しい試練です。行為こそが絶対的な重要性をもちます。

『シルバーバーチの霊訓③』
いかなる立場の人間にも人のために為すべき仕事、自分の霊性を高めるべきチャンス、霊の成長を促進するための機会が与えられるものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
有徳の人や聖人君子だけが与えられるのではありません。全ての人に与えられ、そのチャンスの活用の仕方、ないしは疎かにした度合に応じて、霊性が強化されたり弱められたりします。

『シルバーバーチの霊訓③』
【子供はそちらへ行ってからでも成人していくと聞いておりますが(霊媒の)子供の背後霊が何年たっても子供のままだったり一八年も二〇年も前に他界した子供がその時のままの姿恰好で出てくるのはなぜでしょうか―】

『シルバーバーチの霊訓③』
地上の人間はいつまでも子供っぽい人を変だと見るかと思うと、一方では子供の無邪気さを愛するような口を利きます。しかも人類のために敢えて幼児の段階に留まる手段を選んでいる霊を変だとおっしゃいます。幼児の方が得をする理由は容易に理解できます。

『シルバーバーチの霊訓③』
幼児は大人にありがちな障壁がありません。極めて自然に、いつも新鮮な視点から物事を眺める事ができます。大人が抱える問題に悩まされる事も無いので通信のチャンネルとして好都合なのです。

『シルバーバーチの霊訓③』
大人にありがちな寛容性を欠いた先入観や偏見が少ないため仕事がスムーズに運びます。いつも生き生きとして新鮮味をもって仕事に携わり大人の世界の煩わしさがありません。煩わされないだけ、それだけ霊的交信に必要な繊細なバイブレーションをすぐキャッチできるのです。

現在の僕の使命遂行は言わばロスタイムみたいなものです。僕は地上での試練をクリアして帰幽のメッセージを果てしなく受取っていたのです。本当ならとっくに地上を去ってたはずなんです。イエス様の怒涛の連続顕現さえなければ。とは言え光栄にも使命を賜った以上やれる限り撃ちまくる覚悟です(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
しかし実はその幼児の個性は、大人の霊が仕事のために一時的にまとっている仮の衣服である場合が多いのです。仕事を終えればいつでも高い世界へ戻って、それまでの生活で開発したより大きな意識の糸をたぐり寄せる事ができます。変だと決めつけてはいけません。―

『シルバーバーチの霊訓③』
―こういう霊をトプシーTopsyと言います。こういう形で自分を犠牲にして地上の人々のために働いている神の愛すべき道具なのです。何年も前に他界した子供がそのままの姿で出現するのは、自分の存続の証拠として確認してもらうためです。

『シルバーバーチの霊訓③』
身元の確認を問題にされる時に忘れてならない事は、他界した時点での姿や性格やクセをもち、その時の姿のままを見せないとあなた方が承知してくれないという事です。そこで霊媒に影像を見せてそれを伝達させます。言わばテレビの画像のようなものです。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊媒が自分の精神のスクリーンに映った映像を見て叙述する訳です。直接談話であれば影像を見せる代りにエクトプラズムで他界当時と同じ発声器官を拵えます。条件さえうまく整えば地上時代とそっくりな声が再生できます。

『シルバーバーチの霊訓③』
【子供の頃から動物に対して残酷な事をして育った場合はそちらでどんな取扱いを受けるのでしょうか。動物の世話でもさせられるのでしょうか―】人間の永い歴史を通じて動物がいかに人間にとって役立ってきたかを教える事によって、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―地上時代の間違った考えを改めさせないといけません。動物界をあちこちへ案内して、本来動物というものが本当に動物を愛し理解する人間と接触するといかに愛らしいものであるかを実際に見せてやります。

『シルバーバーチの霊訓③』
知識が増すにつれて誤った考えが少しずつ改められていきます。結局は残酷を働いたその影響は、動物だけでなくそれを働いた人間にも表れるものである事を悟る事になります。

僕には既に地上的願望はありません。僕の願いはただ一つ。帰幽して霊界にて思念描画に突入する、ただそれだけです。ここまで知る事ができた僕はもう地上にて絵で大成する事などまるで眼中になく、地上的な陳腐な表現を遥か遥か超えた霊界での壮大な芸術的表現を心の底から堪能したいだけなんです(祈)

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『シルバーバーチの霊訓③』
【他界する者の大多数が死後の生活の知識を持ち合わせません。他界直後は目まいのような状態にあり自分が死んだ事に気づきません。それは子供の場合も同じでしょうか。それとも本能的に新しい生活に順応していくのでしょうか―】それはその子供の知識次第です。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上の無知や迷信に汚染されすぎていなければ本来の霊的資質に基づく自然な理解力によって新たな自覚が生まれます。【人間が寿命を全うせずに“死ぬ”事を神が許される事があるのでしょうか―】

『シルバーバーチの霊訓③』
神の意図は人間がより素晴しい霊的生活への備えを地上生活において十分に身につける事です。熟さないうちに落ちた果実がまずいのと同じで、割当てられた地上生活を全うせずに他界した霊は新しい世界への備えが十分ではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
【子供が事故で死亡した場合、それは神の意図だったのでしょうか―】これは難しい問題です。答としては“イエス”なのですが“但し書き”が必要です。地上生活は全て摂理によって支配され、その摂理の最高責任者は神です。しかしその摂理は人間を通じて作用します。

『シルバーバーチの霊訓③』
究極的には全て神の責任に帰着しますが、だからと言って自分が間違った事をしでかしておいてこれは神が私にそうさせたのだから私の責任では無いという理屈は通用しません。

『シルバーバーチの霊訓③』
神がこの宇宙を創造し叡智によって支配している以上は、最終的には神が全責任を負いますが、あなた方人間にも叡智があります。理性的判断力があります。自分で勝手に鉄道の線路の上に頭を置いておいて神に責任を求めても何にもなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
【“神童”について説明して頂けませんか―】三種類あります。一つは過去世の体験をそのまま携えて再生した人。二つはたとえ無意識であっても霊媒的素質を具えた人で霊界の学問や叡智、知識、真理等を直接キャッチする人。三つは進化の前衛としてのいわゆる天才です。

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『シルバーバーチの霊訓③』
【“豚に真珠を与える勿れ”と言ったイエスの真意は何でしょうか―】自分では立派な真理だと思っても受入れる用意のできていない人に無理やり押付けてはいけないという事です。拒絶されるから余計な事はするなという意味ではありません。

『シルバーバーチの霊訓③』
拒絶される事ならイエスの生活は拒絶の連続でした。そんな意味ではなく知識、真理、理解を広めようとする努力が軽蔑と侮辱をもって迎えられるような時は、そういう連中は見る目をもたないのだから美しいものを無理して見せようとせずに身を引きなさいという意味です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【一身上の問題で指導を仰ぐ事は許されるでしょうか―】それは許されます。ただ霊的な事に興味はあっても真髄を理解していない人に説明する時は慎重を要します。うっかりすると霊界からの援助を自分のご利益のためだけに不当に利用しているかの印象を与えかねません。

『シルバーバーチの霊訓③』
スピリチュアリズムの基本は詰まるところ物的な豊かさよりも霊的な豊かさを求める事であり、自分自身と宇宙と神についての実相を理解する上で基本となるべき摂理と実在を知る事です。むろん物的生活と霊的生活とは互いに融合し調和しております。

『シルバーバーチの霊訓③』
物的なものが霊的なものへ制約を与え条件づけております。【この世に生きる目的は霊的なものを制約するものを排除し、霊的本性が肉体を通してより多く顕現するようにする事だと私は理解しておりますが…】その通りです。地上生活の目的はそれに尽きます。

『シルバーバーチの霊訓③』
そうする事によって自分とは何かを悟っていく事です。自分を単なる肉体であり他の何ものでもないと思い込んでいる人は大きな幻影の中で生活しており、いつかは厳しい実在に目覚める日が来ます。その日は地上生活中に訪れるかも知れないし、霊界へ来てからかも知れません。

『シルバーバーチの霊訓③』
地上にいるうちの方が遥かに有利です。なぜなら地上には魂の成長と進化と顕現のための条件が全部揃っているからです。人間は地上生活中に身体機能ならびに霊的機能を存分に発揮するように意図されているのです。

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『シルバーバーチの霊訓③』
霊的な事にのみこだわって身体を具えた人間としての義務を怠る事は、身体上の事にばかり目を奪われて霊的存在としての責務を疎かにするのと同じく間違っております。両者が完全なバランスが取れていなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
その状態で初めて、この世にありながら俗世に染まらない生き方ができる事になります。つまり身体は神聖を帯びた霊の“宮”として大事にし管理し手入れをする。すると成長と進化の過程にある霊が身体を通してその成長と進化の機会を与えられる、という事です。

『シルバーバーチの霊訓③』
【心霊治療を始めるには治療家自身がまず完全な健康体でなければならないのでしょうか―】むろん誰しも完全な健康体であるのが望ましいに決っています。ただし霊力によって病気を治す人も霊媒と同じく“道具”です。つまり自分が受けたものを伝達する機関です。

『シルバーバーチの霊訓③』
その人を通して霊力が流れるという事です。言わば“通路”であり、それも“内部”へ向けてではなくて“外部”へ向けて送る通路です。その人の資質、才能、能力がその人なりの形で顕現しますが、それが霊界との中継役、つまり霊媒としての資格となり、―

『シルバーバーチの霊訓③』
―生命力と賦活力と持久力にあふれた健康エネルギーを地上へもたらす役目が果たせるのです。その際、治療家自身の健康に欠陥があるという事自体は治病能力の障害にはなりません。治病エネルギーは霊的なものであり欠陥は身体的なものだからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【精神統一によって心の静寂、内的生命との調和を得る事は健康の維持に役立つでしょうか―】自然法則と調和した生活を送り、精神と身体との関係を乱すような(摂理に違反した)行為をしなければ全ての病気に効果があるでしょう。

『シルバーバーチの霊訓③』
あるいは遺伝的疾患のない健全な身体をもって生まれておれば効果があるでしょう。内部に秘められた“健康の泉”の活用法を知れば全ての病気を駆逐できる事は確かです。しかし現実には地上に病気が蔓延している以上、事は非常に厄介です。限界があるという事です。

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『シルバーバーチの霊訓③』
たとえば“死ぬ”という事は誰も避けられません。身体は用事が終れば捨てられるのが自然法則だからです。ところが困った事に余りに多くの人間が内部の霊性が十分に準備ができていないうちに、つまり熟しきらないうちに肉体を捨てています。

『シルバーバーチの霊訓③』
魂の鍛練にとって必要な体験を十分に積んでいないのです。私は法則を有りのままに述べているまでです。人間にとってそれを実践するのが容易でない事は私も承知しております。何しろ地上は物質が精神を支配している世界であり、精神が物質を支配していないからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
本当は精神が上であり、霊がその王様です。しかしその王国も人間の行為の上に成立っています。【心の静寂が得られると肉体器官にどういう影響が現れるのでしょうか―】それ本来の有るべき姿、つまり王たる霊の支配下に置かれます。

『シルバーバーチの霊訓③』
すると全身に行きわたっている精神がその入組んだ身体機能をコントロールします。それはその根源において生命を創造し身体を形作った霊の指令に従って行われます。霊はその時のあなたの身体の構成要素のあらゆる分子に対して優位を占めています。

『シルバーバーチの霊訓③』
それが出来るようになれば完全な調和状態―あらゆる部分が他と調和し、あらゆるリズムが整い、あなたは真の自我と一体となります。不協和音もなく衝突もありません。静寂そのものです。なぜなら霊が宇宙の大霊と一体となっているからです。

『シルバーバーチの霊訓③』
【あなたはなぜそんなに英語がお上手なのでしょう―】あなた方西洋人は時おり妙な態度をお取になりますね。自分たちの言語がしゃべれる事を人間的評価の一つとなさいますが英語が上手だからといって別に霊格が高い事にはなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
たどたどしい言葉でしゃべる人の方が遥かに霊格が高い事だってあります。私はあなた方の言語、あなた方の習性、あなた方の慣習を永い年月をかけて勉強しました。それは私たちの世界ではごく当り前の生活原理である“協調”の一環です。言わば互譲精神を実践したまでです。

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『シルバーバーチの霊訓③』
つまりあなた方の世界を援助したいと望む以上はそれなりの手段を講じなくてはならない。その手段の中には人間にとって最高の努力を要求するものがある一方、私たちにとって嫌悪感を禁じ得ないほどの神の子としてギリギリの最低線まで下がらなくてはならない事もあります。

『シルバーバーチの霊訓③』
私はこうして英語国民を相手にしゃべらねばなりませんので何年もかけて困難を克服しなければなりませんでした。あなた方から援助も頂いております。同時に、かつて地上で大人物として仰がれた人々の援助も受けております。

『シルバーバーチの霊訓③』
今でも言語的表現の美しさと簡潔さで歴史にその名を残している人々が数多く援助してくれております。(平易な文章の中に高等な思想を盛り込む技術はシルバーバーチ一人の才能から出ているのではなく英米文学史上のかつての名文家が協力している事が窺える―訳者)

『シルバーバーチの霊訓③』
【心に念じた事は全部その霊に通じるのでしょうか―】そんな事はありません。その霊と波長が合うか合わないかによります。合えば通じます。バイブレーションの問題です。私と皆さん方とは波長が良く合います。ですから皆さんの要求される事が全部受取れます。

『シルバーバーチの霊訓③』
何か要求ごとをされるとそこにバイブレーションが生じ、その“波”が私に伝わります。それを受ける受信装置が私に具わっているからです。地上と霊界の間でも魂に共感関係があれば思念や要求の全てがすぐさま伝わります。

『シルバーバーチの霊訓③』
【我々が死ぬ前と後には霊界の医師が面倒を見てくれるのでしょうか―】みてくれます。霊体をスムーズに肉体から引離し新しい生活に備える必要があるからです。臨終の床にいる人がよく肉親の霊や知らない人が側にいるのに気づくのはそのためです。

『シルバーバーチの霊訓③』
魂が肉体から抜け出るのを手助けしているのです。【昨今のような酷い地上の状態では(何回も再生を繰返した霊でなく)全く新しい霊が誕生する方が良いのではないでしょうか―】私たちは人間一人一人は果たすべき責任をもって生まれていると説いております。

『シルバーバーチの霊訓③』
例え今は世界が混沌と心配と喧騒に満ち、敵意と反抗心と憎しみに満ちていても、苦闘と悲劇を耐忍ぶ事の中から新しい世界の誕生が待受けております。その為にはその旗手となる人々がいなくてはなりません。その人たちの先導によって真一文字に突進まねばなりません。

『シルバーバーチの霊訓③』
霊は苦闘の中で、困難の中で、刻苦の中で自らを磨かねばなりません。平坦な道でなく困難を克服しつつ前進し、そして勝利を手にしなくてはなりません。恐怖心が一番の敵です。無知という名の暗黒から生まれるものだからです。

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